中原爽の発言 (共生社会に関する調査会)
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○中原爽君 私、先ほど、地域の障害者の福祉施設について、障害の程度によって本当に施設に入所が必要な人々の施設に限定するべきだということをちょっと申し上げたんですけれども、このことについて花園大学の三田参考人は、先進諸国においては、特にこの障害者の中の知的障害者の入所施設については諸外国では減少傾向にあるんだと、ところが逆に日本は増え続けているということをおっしゃっておられまして、この点をどうするかということが一つ。ところが、宮城県の知事さんは、宮城県ではこの知的障害者施設を、みやぎ知的障害者施設解体宣言をおっしゃっておられるわけですね。一方では解体宣言を、欧米並みに進めたいんだというふうに言われる、ところが現実はこの施設が増え続けている傾向があると。ところが、もう一つ、北海道の伊達市長さんは、昭和四十三年から伊達市ではきちっとした障害者、知的障害者の施設を持っていると、それを中心にしてその伊達市の中で社会へ復帰できるような体制を取っていると、こういうふうにおっしゃっておられるわけですね。
そうすると、三通りあるわけです。施設が増え続けている場合、それから外国のようにこの知的障害施設をゼロにしようという考え、その間で、こういう施設を中心にして、そこでその周辺に対する社会的な状況を知的障害者に与えたいと、こういう考え方、三通りあると思うんですね。それをどういうふうにバランスを取っていくかというのが、本当にこの障害者の中での知的障害者に対する対応というのが必要だと思うんです。
伊達市長さんが言っておられるのは、知的障害者も高齢化すると。その場合に、家庭では面倒を見切れなくなるし、その場合には、皆さんおっしゃっておられるように、ホームヘルパーとかそういうシステムがきちっとしていないと家庭で賄い、賄いというとおかしいんですけれども、どうしても対応できないということが出てしまうということだと思うんですね。
そうすると、やはりある程度中心的な大きな知的障害者の施設があって、そこを中心にして、それでいろいろ周りの社会的な状況へ働いていただけるような形のものを考えていくということの方がいいかなという気がするんですけれども、これは私の個人的な意見ということでございますけれども。いろいろな、特に一番考えなきゃいけないのが知的障害者の施設ということをどうするかと、日本的にですね、そこが大事だというふうに思います。