岡崎トミ子の発言 (共生社会に関する調査会)
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○岡崎トミ子君 ありがとうございます。
ただいまの御意見に関してなんですが、私たちこの共生社会調査会の中で多くの参考人の皆さんのお話を伺いましたけれども、ここに当事者というのは抜けていたというふうに思います。そして、いろんな参考人の方が代弁をしてくださったというふうには思っておりますが、そうした参考人の中からでも、やはり当事者、オンブズマンというのはすごく大切だというお話もございました。
それはなぜかといいますと、やはり知的障害者の施設の中で、本当に軽度である、あるいは中くらいである、あるいは重度であるというふうにしておりますけれども、やはり中、軽というのが一番多くいらっしゃるということだったんです。そういう方々は結構知識もおありになるということで、その施設の中で様々に働いていらっしゃいます。重度で、それで高齢であるという人たちの介助、下のお世話をしたりする、お掃除をしたりする、いろんな働きをしているんですけれども、そういうことを海外の研究者の方々に伺えば、それを人権侵害と言うという言葉で語っておられましたけれども。
つまり、そこで文字を覚えるまで施設で頑張る、この中で働けるようになるまでいろいろと鍛えて訓練してやっていく、それはやめようということを当事者の方はおっしゃっているんですね。私たちは言葉ができませんと言ったら言葉を補ってくれる、そういう人たちをもっともっと作っていってほしい、それから、体でこのことだけはできないよと言ったら、それを手伝ってくれる人たちの理解者を増やしていってほしい。そういうことを町に出て地域社会の中で暮らす中で呼び掛けていって、それが本当にノーマライゼーションにつながっていくことではないかというのが、当事者の書かれた、軽度の方の知的障害者の作文あるいは聞き取りだったというふうに思っています。
そうすると、先ほど私が申し上げましたように、その選択はどういうことが必要なのかというのを、先ほど施設をお訪ねしてというお話がありましたけれども、一番大事なのはそこで、その御意見を伺うということ、どうしたいのかを、まず選択を伺うということ。そこに選択権があるということがすごく大事で、上の方からがちっと枠にはめられたところではなかなか地域社会の中で自由にできていけない。その一歩として脱施設というのがあり、宮城のその解体宣言があるのかな、そこで本当にそういうふうに町に出て、グループホームの中でいろんな人たちとともに暮らすということの中で、伊達市長のおっしゃる市民の理解と協力、それが地域社会の中の広がりを持たせることということにつながっていくのでないかなというふうに思っております。