大沼保昭の発言 (憲法調査会)
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○参考人(大沼保昭君) 私も今の浅田参考人の意見とほぼ同じでありまして、マルテイ議員の方から小国の方も拒否権を廃止せよという要求は余り出ていないという御発言がありましたけれども、それは今、浅田参考人が言われたように、小国といえども国際社会の現実を十分理解して行動しているわけですから、そういった要求が無理であるということはよく承知しているということだろうと思います。
さらに、原理原則の観点からいいましても、果たして小国と大国が同じ一票を持つ国連総会の制度だけでそれが望ましいのかというと、決してそうではないだろうというふうに私は思います。
つまり、一番重要なのは人間個人の平等であって、国家の平等ではないわけですね。国家というのは個人のための手段であって、それ自体が自己目的ではないと。そうすると、人口十五億の国と人口数千の国が同じ発言権を持つと、あるいは巨額の分担金を支払って、あるいは非常に様々な武力の紛争地に出掛けて自国民が犠牲になっているそういう国と、全くそういうことがなく自己の生存すら国連の財政にゆだねているようなそういう国が同じ発言権を持つということは、これはやはり規範的に考えてもおかしいわけですね。
だとすれば、私は、近代国際社会の原則というのは主権平等、国家平等の原則でありますけれども、これは歴史的に見ると極めて例外的な制度であるわけですね。それは、もちろん小国が大国の干渉に抗して自己の生存を保持していくという意味では大変優れた制度であったと。しかし、元々十五億の国あるいはGDPが世界の四分の一を占める国と、それから人口数千、数万の国が同じ、平等であるということは余りにも人間社会の運営の在り方として不自然であって、その不自然さを何らかの形で調整しなければならない。そうすれば、大国が持っている特権というものはある程度制度的にこれは保障しなければならない。
ただ、それが現在の既存の五大国でいいかどうかと、日本やドイツを入れるべきではないかというのは私は当然の議論であって、私は、日本が常任理事国になるということは何ら日本の別に大国志向の利己的な欲求ではなくて、国際社会を効率的に、フェアに運営していくには日本は堂々と常任理事国になるべきであるし、またそれを他国に対して堂々と自分はなるべきだという主張をすべきだというふうに思っています。