大沼保昭の発言 (憲法調査会)

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○参考人(大沼保昭君) 国益という言葉は私自身はほとんど使っていないかと思いますけれども、ただ、今、引用にありましたように、自国の利益追求という表現は使っているかと思います。
 端的に言えば、国益というのは、これは人の様々な定義によりますけれども、国家の利益というふうに定義する方もおられれば、国民の利益というふうに定義する方もおられます。
 国益という言葉を余り私が使いたくないのは、いずれにせよ、国家にせよ、国民にせよ、その場合の国家なり国民というものが一枚岩的な実体として考えられて、実はその国家内、国民内の様々な多様な利益なり意見なり価値なりがどうしても国益という言葉では否定されがちになると。そういうおそれがあるために私は余り使いたくないと。
 かつて、モーゲンソーという非常に有名な国際政治学者が国益という概念を中心にして国際政治学の理論体系を作りましたけれども、それに対して、当時、国際政治学のかなりの学者から浴びせられた批判というものが、今言ったように、国益とは言うけれどもそれは一義的には規定できないではないか、国家の中には様々な農業団体の利益や産業団体の利益、あるいは自民党的な利益、民主党的な利益もあって、それをあたかも一体で統一された利益があるように言うのはそれはごまかしである、学問的な厳密さを欠くという批判があって、私はそれは一定程度当たっているだろうというふうに思います。
 ただ、他方で、基本的に国内でいかに意見の相違があろうとも、日本国の行動というのは小泉内閣の行動として諸外国には認識されて、小泉内閣の政策というものが日本の国益追求の政策というふうに一般には理解されるわけであります。
 その場合にそれが国際公共的な価値追求の行動とどう違うのかということでありますけれども、国際公共的な価値というのは国益と完全に分離して独立にあるものではないと。それは、諸国がお互いに主張を交換し合って、非常に激しい討議の中で、言わば最大公約数をそこに認め合って、そこに実現するのが国際公共的な価値追求の行動ということになるだろうと思います。
 例えば、イラクが仮に大量破壊兵器を持っていたということを、米国のブッシュ政権が武力行使を決断するのをこらえて、あと一年間ぐらいもし続けたとすれば、安保理の中で、ドイツやフランスも含めた、イラクに対する国連としての武力行使というものがコンセンサスとしてできたかもしれない。その場合の米国の行動というのは、これは明らかに国際公共的な価値に合致した正当な行動だったというふうに思うわけですね。ところが、米国はそういう安保理のコンセンサスができないだろうということであの時点でイラク攻撃を決断したと。私は、これは国際公共的な価値を欠いた米国の独自の価値観と利益追求に基づく行動であって、不当な行動であったというふうに判断しております。
 そういう形で自国の利益追求の行動と国際公共価値を求める行動というのはある程度は区別できると。もちろん重なることはあって、米国の行動が国際公共価値の実現に役立つことも今までしばしばありました。

発言情報

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発言者: 大沼保昭

speaker_id: 13023

日付: 2004-03-03

院: 参議院

会議名: 憲法調査会