田英夫の発言 (憲法調査会)
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○田英夫君 憲法の平和主義を論ずるに当たっては、まず日本国憲法が制定された当時の状況を冷静に学ぶ必要があると思っています。
その当時、既に社会人になっていた私にとっては生々しい記憶として残っておりますが、まず第一に、当時の国際情勢は、第二次世界大戦が終わって、その大戦のさなかに既に起草されていた国連憲章、その根幹は正に平和主義であったと思いますが、その国連憲章の精神が日本国憲法の中にそのまま生かされてきた。そういう状況の中で、ただし、アメリカ占領軍はその日本国憲法ができた直後から大きな矛盾を感じ始めていたに違いないと思います。つまり、第二次世界大戦が終わってわずか五年後にアメリカは朝鮮戦争をしたわけでありますが、私の見る限り、既に日本国憲法ができた直後からその戦争の準備が進められていたと。日本に対して平和主義の憲法を認めていながら、自身は次なる戦争の準備をしていたという状況を忘れてはならないと思います。このことが後々、日本に対して様々な影響を与えたことを忘れてはならないと思います。
一方、日本自身の状況は、正に広島、長崎、あるいは東京の下町の空襲で十万の人が一夜にして死ぬというそうした悲惨な体験、そして、戦争に敗れた人たちが、兵士が次々に復員をしてくるというそうした空気の中で、二度と戦争はすべきではないと、そうした気持ちが日本国民の中に充満をしていたというその中での、日本国憲法の特に第九条が作られたということだと思います。
その第九条を作った当事者は明らかに日本側であります。その当事者の責任者は終戦の年の一九四五年十月に総理大臣に就任された幣原喜重郎氏でありますが、その幣原さんが側近の人に語ったものを側近の人が文章にしたものを読んでみますと、その中にこういう一節があります。
原子爆弾ができた今日、日本は二度と戦争をしてはならない。それにはどうしたらいいか考えあぐねた結論は、それには軍備を持たないことだ。軍備を持たない、非武装などと言うと、狂気のさたと言う人がいるかもしれない。しかし、考えてみると、戦争で殺し合うのと軍備を持たないこととどちらが狂気のさただろうか。こういう一節があります。
そして、幣原さんはこの考えを持って当時のマッカーサー司令官、総司令官のところを訪ねて、そのことをマッカーサー司令官は後々、一九五一年にアメリカの上院外交委員会の証言の中でそのことに触れています。先ほど申し上げた考えを幣原さんはマッカーサーに話した。マッカーサーの証言によると、この小さな老人の手を思わず握り締めて、大変いいことだと私は答えたと。こういう一節が、これは上院外交委員会のことですから、速記録としてアメリカの公文書館に残っているわけですが、こういう形で作られたのが憲法第九条だということを是非後々まで、そして現在の若い人、特に考えていただきたい。私は、そのできたときに本当に感動したことを今も覚えております。
そこで、この憲法をどうして今、特に第九条をどうして変えなければならないのかということについて私は全く理解ができない。今の国際情勢は、先ほども武見さんが分析をされました。私もその分析の限りにおいては全く同感なんですね。なぜか結論が違ってしまう。
そこで、今のこの国際情勢の中でどうして日本国憲法第九条、特に第二項を変えなければならないのか。あのときに幣原さんを先頭にして私ども日本人は重大な決意を持ってこの第九条を決めたはずです。それを変えなければならないような国際情勢が今あるのか、そのことを本当に考えていただきたいと思います。今の国際情勢は、アメリカの突出した一国主義、そしてイラクへの派遣に、戦争に表れているような、そうしたことが目立ちますけれども、そしてそれに、それを支持してイラクに自衛隊を派遣したということが身近にありますけれども、決して世界のこの国連憲章の考え方を中心とした平和主義というものがなくなってしまったわけではない。世界の多くの人たちはこの国連憲章に表れた平和主義というものを支持して、そして何とかこの状況の中で平和を取り戻そうと努力をしているんだと思います。
日本こそ本当に不戦の国、戦争をしない国ということを今こそ世界に向かって明快に発言をするときではないかと思います。
終わります。