那谷屋正義の発言 (憲法調査会)

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○那谷屋正義君 民主党の那谷屋正義でございます。御指名ありがとうございます。
 本日のテーマであります司法、特に憲法裁判、憲法裁判所に関する私の考え方を述べたいというふうに思っています。
 我が国の司法が違憲判断に消極的態度を取っているということは今るるお話ありましたけれども、法令違憲が示された事例数の少なさからも一目瞭然ではないかというふうに考えるわけであります。そもそも、我が国で立法がこの数字が示すほど完全なものだったのかどうか。むしろ憲法秩序を守る制度的保障の重要なすべがここ日本では十全に機能していないとの不安を感じるところであります。
 今の日本は人権意識も高まり、プライバシー権等、新しい人権に対する意識も国民に定着しつつあります。しかし、二大政党制に近づく情勢の中で、少数者の声が国政に届きづらくなっているのではないかという懸念もあります。
 多数決民主主義から漏れた少数者、弱者の個人の尊厳を守るには、裁判所、特に違憲審査権が彼らを救う大きな力となり、また最後のとりでになるのではないかというふうに考えています。法の支配を守り、少数者の人権を守っていくことが司法権に期待される最も大きな役割であり、憲法裁判や違憲審査権もその観点から検討されなければなりません。
 この点に関して、違憲審査を活発化させるために憲法を改正して憲法裁判所を設置すべきという意見もあるわけであります。ただ、憲法裁判所を作ったからといって、司法が積極主義に転じ、違憲判断が増加するとの保証は全くないわけであります。実際、憲法第八十一条が明確に違憲審査権を最高裁判所に規定しており、条文の解釈として下級裁判所にも違憲審査権は認められていると解されているにもかかわらず、十分に活用されていないのであります。
 また、憲法裁判所が政治的に利用されやすいのは、外国の例を見ても分かるとおり、古くから指摘されているところであり、人権保護の点からも好ましいものではありません。さらに、この憲法裁判所には法律の憲法適合性審査の機能を持たせ、現在、内閣法制局が果たしているような憲法の公権解釈の機能を持たせるアイデアもあるようですけれども、まず第一次的には、この機能は民主的基盤の下に、立法をつかさどる我々国会内に持つべき機能だというふうに考えます。イタリアの上院では、憲法問題を担当する第一委員会がこの機能を担っておりますが、このような形で国会内に設けることは可能であるし、憲法改正も不要であるというふうに考えます。思うに、多数決によっても侵すことのできない人権を守るために、最終的に憲法判断を行う裁判所の機能はもっと重視されるべきであり、司法による積極的な憲法判断が期待されるところであります。
 消極主義に至る原因として、最高裁における係属事件の多さや裁判の長期化、これも先ほど来指摘されていましたけれども、長期化による既成事実を覆すことの困難さ等が言われております。また、そういった技術的な要因のほかに、裁判官自らが無個性を尊び、政治的判断を留保することこそ美徳であると見る向きがあるとも言われます。しかし、違憲審査権を規定する憲法第八十一条は、彼らに法の支配に基づく立憲主義を支えるための使命を託している事実を忘れてはいけないであろうと考えます。政治部門への過度の遠慮は一方の使命を抑制してしまう弊害を生みます。
 私は、司法の消極主義が現憲法にビルトインされているとは思いません。まずは最高裁判所の機構改革により、現実の事件の負担軽減を大幅に行うことが必要なのは言うまでもありませんが、次の段階として、憲法部など、憲法裁判に集中する小法廷を設けるなどの工夫を行うことは、違憲審査に積極的に踏み出し、民主主義と個人の尊厳という大きな命題を両立するための第一歩となるでしょう。現行憲法はまさしくそのことを期待しているのであると私は考えております。
 以上です。
 ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 那谷屋正義

speaker_id: 27698

日付: 2004-11-24

院: 参議院

会議名: 憲法調査会