簗瀬進の発言 (憲法調査会)
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○簗瀬進君 御指名をいただきましてありがとうございました。
この立法と司法の関係というのは極めて難しい、ある意味では哲学的な部分までさかのぼって議論をしなければならない非常に重い問題だと、皆様の御意見を聞いて感じました。
私は、まず国家とは何かと大変大上段に振りかぶった議論で恐縮でございますけれども、それを考えてみたときに、国家とは私は法秩序であり法規範の総体であると、こういうふうに思うべきであると思います。ただ、国家とは一方で地理的な存在でもあり歴史的な存在でもありますから、特に日本のような昔から一つの、海に囲まれた閉鎖空間の中で地理的同一性あるいは歴史的な同一性というようなものが自然に保障された国にあっては、先ほど申し上げたように、国家は法規範であるというその認識が極めて薄れてしまうのではないのか、私は、そこがまあ一つ、この日本民族といいますか、この日本という島国に住んでいる我々が常に考えておかなければならない一つの弱点なのではないのかなと思っております。正に、そういうところで憲法を頂点とする法規範のヒエラルキーというようなものが、非常に、時には軽んじられて、国家とはすなわち法規範の総合体であるという考え方が薄れてしまうのではないのか。私はこれを非常に、今後とも一つの我が民族のウイークポイントとしてしっかりと認識をしておくべきなのではないのかなと思っております。すなわち、法の支配が非常に大切だということであります。
法はしかし、じゃ民主主義は作るものであると、こういうふうに考えれば、法の支配と民主主義というのはこれは矛盾をしないものだと簡単に結論を出すことも可能かもしれません。すなわち、多数決ですべてが決まればそれで良しと、こういうふうに考えることも可能かと思いますけれども、実は長い間の人類の歴史を見ますと、多数決は時に大きな間違いを犯してきたことが多々あるわけでございます。
例えば、かつて大審問官のピラトが、張り付けにするのはイエスか、あるいはバラバかと、盗賊のバラバとイエスとどっちを張り付けにするんだと聞いたときに、多数の民衆はイエスを張り付けにしろと、救うのはバラバだと、ということで見事に多数決によってイエスは張り付けにされてきました。
例えば、現代においても、ヒトラーをいわゆる総統という大変な独裁者に選び出したのはだれかといえば、当時のドイツ国民の国民投票によって、極めて民主主義的な手続でヒトラーは独裁者の地位を得たわけであります。すなわち民主主義、多数決も非常に間違えることがあると。ということをやっぱり我々常に反省をしながら、やっぱり法の支配というようなものを守っていくためには、時には民主主義は暴走をする、それも前提としながら国の仕組みというようなものを、すなわち立法と司法との関係というようなものを作っていくべきなのではないのかなと思っております。
通常、三権分立という観点で司法と立法の関係を見たときに、非常に対立関係に置いて見る場合が多いのでありますけれども、実際は三権分立でも極めて微妙な抑制と協調と、このバランスの中で物を考えているんではないのかなということをやっぱり諸外国の憲法裁判の例を見ながら我々は学ぶべきなんではないのかな。一方で、日本国憲法を見たときに、どうも私はその抑制と協調の微妙なバランスという、そういう観点から見たときに、どうも日本国憲法、現在の我々が持っている日本国憲法は、抑制というよりも協調的に振れやすい、そういう一つの憲法的な癖といいますか、それがあるんではないのかなと思わざるを得ません。
例えば、裁判官は内閣が任命をします。内閣は議院内閣制でありますから、当然多数党がそれを握っているわけでございます。また、大変任期が長い。また、国民審査という、忙しい国民にとってみれば、やっぱり裁判官を厳しくまた詳細にチェックをするということは困難な制度でチェックをしたような擬制を取っている。
私は、そういう、全体的に言ってみると、日本国憲法は、司法と立法の関係で抑制と協調の微妙なバランスを得べきところがやっぱり協調の方に若干振れているんではないのかなと、こういうふうに判断をすべきなのではないのかな。それを前提にしてこの問題について私の考えを述べさせていただきますと、やはり諸外国の憲法裁判の例の中で、ドイツ型的なアプローチをやっぱり考えるべきなんではないのかなと思います。
これから参考人の皆さんのお話の中でそれ出るかもしれませんけれども、ドイツ型を五点ほどその特徴を言わせてみますと、ドイツの最高裁判所の選任については議会が関与をいたしております。議会がその選任の最初から関与をしている。二番目に、その資格は、議会が選ぶのではあるけれども、法曹専門家であるということ。三番目は、任期が必ず議員の任期、国会議員の任期とずれていると。でありますから、いったん選んだ議員たちがいなくなった後も裁判官が残っていると。そういう形での議会の関与が入っているわけであります。また、第四番目に、両院が交互に選出をしていると。これも一つの微妙なバランスの取り方なんではないのかなと思いますし、そして、それらをもって第五番目に、抽象的規範統制、すなわち法律の当否についてもチェックをすると。こういうふうな形になっているわけでありまして、このようなドイツ型へのアプローチを憲法改正をする際には大いに参考にすべきではないのかなというのが私の意見でございます。
ありがとうございました。