佐藤茂樹の発言 (予算委員会公聴会)
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○佐藤(茂)委員 公明党の佐藤茂樹でございます。
四人の公述人の皆様方、本日は貴重な意見を陳述していただきまして、ありがとうございました。
全員それぞれ著名な方々でございますので、時間があれば御意見を本来ならお聞きしたいところでございますけれども、私自身に与えられました時間は往復で十分間、そういう時間でございますので、きょうのところは、石橋公述人を中心に、最後に時間がありましたら梶原公述人に一問お聞きをさせていただきたいと思います。
それで、昨年は、台風が十個も上陸しましたし、また新潟県中越地震も起きまして、もう一度日本の災害対策というものをやはりここに来て抜本的に見直さなければいけないんじゃないか、そして災害に強い国づくりを、我々、これは与野党関係なく力を合わせてつくっていかなければいけないであろう。そういう観点で、石橋公述人の御意見をお聞きしておりましたら、非常に警鐘を今の現代文明に対して鳴らしておられる、そういう御意見をいただいたわけでございます。
石橋公述人のことをちょっと調べさせていただきますと、地震学者の中では非常に有名な方で、特に日本の地震対策に対して非常に影響を与えた方でございまして、一九七六年だったと思うんですけれども、それまでの学説では非常に説得力に欠けておりました東海地震について、考慮外とされていた駿河湾こそ将来の主要な震源域である、そういうことを指摘されて、駿河湾地震説というものを発表されて、東海地震の地震像というものを鮮明にされたわけですね。それが非常に、学会だけではなくて、それを超えて社会や行政、また政治の方まで動かしまして、一九七八年、これは福田内閣のときだと思うんですけれども、大規模地震対策特別措置法が成立しまして、国を挙げて東海地震に対する地震対策がとられた。そういう経緯があるわけでございまして、一つの科学研究が行政や政治まで変えていった、そういうことをされた方でございますので、我々も真摯に耳を傾けなければいけないなと思うわけでございます。
何点かお話をされましたけれども、まず、日本にとって今世紀という時代の認識ですね。
岩波新書で名著になりました「大地動乱の時代」の中でも言われているわけでございますが、要するに、ペリーの黒船がやってきたときの一八五三年に小田原地震があって、きょう御説明があったように、その後、五四年、五五年と、安政江戸地震という最悪の直下地震が発生して、そこから活動期に入って、一九二三年の大正の関東大震災まで活動期であった。そこから、現在八十数年になりますけれども、静穏期であった。その間に我々は、経済成長であるとかいろいろな恵まれた環境にたまたまあっただけなんだ、そして、いよいよこれから活動期に入るんだ、そういうシナリオを言われたわけですけれども、そう言われる根拠をぜひお話しいただきたい。
それと、そういう活動期というのが、石橋先生の御本によると、大正の関東大震災が起きたときのような、巨大地震が起きるときまでがそういう活動期になるんだ、大体そういうお話をされているんですけれども、それが二十二世紀までである。そうすると、これから約百年ぐらいは少なくとも日本の国土自体に地震の活動期というものが続くのではないか、そういうようにも読み取れるんですけれども、そのあたりの根拠と、またこれからの活動期がどれぐらい続くのかということにつきまして、まずお話をいただきたいと思います。