松村龍二の発言 (憲法調査会)
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○松村龍二君 自由民主党の松村龍二でございます。
私は、司法に関する項目につきまして御提言申し上げます。
この憲法の調査というのは、調査をしている限りにおいて無限に時間が必要であるということでありますが、駐留軍は十日間で新憲法の草案をつくったそうですけれども、どこかでやはりえいやっと結論を出す必要がある。こういうことも踏まえまして、司法の部分が余り審議もされてこなかったという面もございますし、この司法に限りまして御意見を申し上げたいと思います。
お手元に論点メモというのがお配りしてあります。
司法については三つの項目に束ねることができるかと思いますが、一は司法権の独立の問題でございます。
最高裁判所裁判官の国民審査の制度につきましては、バツを付けるということで、そのバツの数が少ないということから、マル・バツで判断させたらいいんではないかと、あるいは無意味であるからやめたらどうかと、こんな議論が戦後一貫して行われてきたと思います。司法関係者の中には、非常にやはり最高裁判所裁判官が偏向した場合に歯止めを掛けるという意味でこの制度を残したらいいという考えが強いわけでございますが、世界の中でも、このような制度を取り入れている国は小さな国が一か国あるだけでございます。
国民一億二千万の中の有権者全体が判断して、この裁判は偏向であると、裁判官は偏向しているというようなことは、非常に理論的にはあり得ても現実には難しいということから、この制度はもうやめたらいいんではないかと。代わりに、弾劾裁判という意味とはまた違うと思いますので、強いて言えば、国民が最高裁判所裁判官をチェックする機能が必要であるということであれば、参議院にそのような審査する裁判所といいましょうか機関をつくって、しかもこれは、その政局、そのときの政治情勢によって簡単に弾劾されるということでは具合が悪いと思いますので、三分の二とか、非常に公正の歯止めの決定機関というふうにしたらいいんではないかと、こういうふうに考えます。
それから、裁判官の任命、任期につきましては、裁判官の任期は十年とし、再任されることができると、こういうふうになっておりますが、これを三年から十年にしたらいいというような説があるようでございますが、最近は教員再免許というようなことも言われる時代ではありますけれども、運転免許証でも、五年といってもあっという間に五年来るわけございまして、現在の十年、再任することができるという規定でよろしいんではないかと、こういうふうに思います。
それから、裁判官の報酬が我々国会の審議におきましてベースダウンの時期に、裁判官も他の公務員に倣って減額するという場合に、憲法七十九条の存在が問題になるわけでありますが、これはやはり中世、近世の世界において国王、独裁者から司法を守るという意味でできた条文かと思います。もうそのような歴史的な役割を終えているので、このような条項はもう削除をしたらいかがかと、こういうふうに思います。
それから次に、裁判所の組織、権限等でありますが、一番この憲法を改正を審議する場合に違憲審査制の在り方と、憲法裁判所をつくるかどうかということが問題になるわけでありますが、日本の現在の憲法は、通常の司法裁判所が具体的な訴訟事件の審理に付随して、必要な限度で法令の合憲性を審査するという付随的違憲審査制になっておるわけでございます。大陸型に憲法裁判所が多いわけでありますけれども、これも、国王が行う裁判というのは刑事、司法の裁判所であると。国王をコントロール、牽制するために憲法裁判所ができたということからした場合に、戦後一貫して取っておりますこのような英米型の在り方がなじんでいるんではないかというふうに思います。
そして、大陸型の憲法裁判所においても、何でも抽象的審査ができるということではなくて、大統領、首相だけが提案できるとか、あるいは国によっては議員三分の一の賛成があったら審議できるというふうに非常に固く縛り付けているわけでございます。そうしませんと、数限りなく訴訟は憲法裁判、抽象的な訴訟が行われるとか、あるいは政治的に非常に悪用されるといったことも指摘されるわけでありまして、戦後の日本の司法型の、英米型のこの憲法審査ということでよろしいんではないかと、こういうふうに思います。
軍事裁判所につきましては、今お話がございましたが、言葉がちょっと仰々しいわけでありますが、我が国が自衛軍を有するようになって、秘密の保持その他、自衛隊、自衛軍についてだけ司法が必要になるという場合にも、これは最高裁の下位に属するということであれば、そういう形に収めるのがよろしいかと思います。
行政訴訟につきましては、行政不服審査ということで、最後は司法に訴訟への道を開いているというふうな現在の仕組みでよろしいんではないかと、このように思います。
そのほか、裁判の迅速化あるいは司法への国民参加ということが憲法改正をする場合に問題になろうかと思います。
刑事につきましては、裁判の迅速化ということが書いてあるわけですけれども、日本国民からいたしますと、松本智津夫、麻原彰晃事件がいつまでも結審しない、あのような人間が死刑をもって問擬されないということにおいて司法が信用されないということがあろうかと思いますが、日本の制度が大陸型と欧米型を併用したために、欧米では自白すればもう結審というふうな制度があるのに、日本人は簡単に自白してしまうから信用できないから、自白したにかかわらず長々と裁判をするというふうな、欧米型と日本型の悪いところを取り入れているということで司法が非常に遅いということ、あるいは司法取引がないというふうなことにおいて能率が上がらないといった点がありますが、これは憲法によらないで今後の仕組みの改正にまてばよろしいかというふうに思います。
また、司法への国民参加につきましては、先国会において裁判員制度が取り入れられたところでありますが、やはりこの際、そのようなことが四年後に始まるということを国民に強く認識させるという意味から、司法への国民参加ということについて一項目設けてもよろしいんではないかというふうに思います。
以上で私の発言を、司法についての発言を終わりますが、先ほど申しました憲法九条と関係いたしまして、一言記録に残す意味で私の意見を発言さしていただきますと、やはり普通の自衛軍を持つという表現であるべきであるというふうに思います。このような規定を持った場合、それだけ国民の責任、政府の責任は重くなるわけでありますが、やはり戦後の日本の戦争の経験を踏まえて、自分で自分自身を信用できないということからがんじがらめに自分を縛り付けているわけですけれども、そこのところはフリーハンドにして、自分の責任でもうこの自衛の問題について判断するというふうにすべきであると、こういうふうに考えます。
以上であります。