松下新平の発言 (憲法調査会)

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○松下新平君 民主党・新緑風会の松下新平です。
 長年タブー視されてきました憲法改正がいよいよ政治日程に上がってまいりました。本調査会は約五年間にわたり様々な議論を重ね、精力的に取り組まれること、敬意を表します。
 私はこの調査会に参加してまだ半年ですけれども、政治家として歴史的に大きな意味を持つ憲法改正に携わることを喜びとし、国際社会から真に尊敬される国を目指して、憲法の存在の重みを自覚しつつ意見を述べさしてもらいます。
 我が国は、現在の日本国憲法の下に、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という三原則を中心に歴史的大改革を実現してまいりました。このことは、制定のいきさつにはいろいろなことがあったにせよ、現憲法の持つ崇高な理念に基づいた先人たちの不断の努力のたまものと高く評価されます。しかし、制定から六十年たった今日、内政、外交、安全保障などの分野において激しい変化に対応できないことから、時代に即した新憲法待望論が世論調査でも現れてまいりました。
 本日は、限られた時間でもありますので、私の、憲法改正に当たり、考えの一つでもあります地方の再生から二十一世紀の日本のあるべき姿を論じてまいりたいと思います。
 今、地方では、本来のその地方の良さであるはずの景観、自然環境など、いわゆる農村の原風景というものが失われつつあります。これはなぜ起こったのかと考えると、この国の在り方の問題であるという結論にたどり着きます。東京一極集中を招いたのも大都市集中を招いたのも、この国の在り方が中央集権的になっているためであると考えます。現状の国と地方の在り方を見渡すと、地方分権一括法が制定され、制度上は対等協力の関係に位置付けられたものの、今もなお国の省庁の縦割り行政がそのまま地方行政の現場に持ち込まれ、地方自治体の独自性にはほど遠く、国の出先機関とされている現実があります。
 例えば、経済学者の間でも、高度成長期以降、国が進めた規制の新設や強化、これらは取りも直さず各省庁の許認可権限などの利権でもありますが、これら規制が輸出産業以外の国内産業の競争を妨げ経済の効率化を遅らせたことや、地方交付税と補助金行政が中央依存を強め地方の活性化を阻んだことなどが指摘されています。
 また、七〇年代初頭から進められてきた国土の均衡ある発展という考えにより、確かに地方は豊かになり発展もしましたが、人口や産業を地方に分散させるとの中央から地方へのばらまき的な施策を取ることで、その配分を決定する省庁に陳情しなければならないという上下関係のような制度となってしまいました。また、ばらまき型の分散化政策により、その地方の実情や特色、採算性や効率性を度外視した箱物や道路などの公共事業が進められ、どこに行っても同じような景観となるような均質化、画一化が起こり、地方の個性は失われつつあります。
 こうした画一的な公共事業が展開されたことで財政負担も膨らんだ地方は疲弊してしまい、活力がなくなっていますし、地方の良さでもある田舎の風景、恵まれた自然環境などが失われつつあります。
 地方に活力と良さを取り戻すためには、地方分散、地方分権を進めることが求められているのではないでしょうか。これまでの国の形、機構の思い切った転換が必要であると考えます。身近な基礎自治体に財源と権限を移譲し、負担とサービスの関係を適切に住民が判断できるよう透明性を確保しながら、自ら考え自ら決めるという民主主義の原点に立ち返り、地方の自主性、自己決定能力を高めていくことが地方の個性を回復させるためにも必要であると考えます。
 先日の公聴会で、五十嵐敬喜法政大学教授が、地域でできることは地域にゆだねるという補完性の原理の考えを採用すべきと述べられたように、より身近なところで問題を解決するための仕組みとして住民投票制度を憲法に明記することも提案します。また、基礎自治体がより強い権限を有する分権構造をつくり上げるためにも、自治体への立法権の付与、住民憲章などの制定を制度的に憲法に規定することを求めます。
 住民自治を進め、透明性の高い負担と受益を確保するためには、基礎的自治体の規模は小さい方がよいと考えますが、現在の市町村と都道府県の関係、都道府県と国との関係のようなものではなく、いわゆる道州制や文化や風土、伝統などを考慮した地域、圏域という団体を取り入れることも検討されるべきであると考えます。
 私は、レトロフューチャーという社会の在り方を目指すことを提唱しております。
 レトロフューチャーとは、直訳すれば懐かしい未来。二十一世紀は二十世紀の様々な反省から、ぎんぎらぎんのメタリックな世界ではなく、自然の営みが回復され、人間もその中で懐かしい生活を行うような社会、そんな姿にしていくべきではないかと感じております。これから人口減となっていく少子高齢社会となる社会の発展方向を考えたときに、今までのような経済万能、物、金優先の社会ではなく、人間の心を重視した社会を目指すことが重要ではないかと思います。懐かしい日本の原風景を取り戻し、本当に豊かな幸せな生活を実現する、これがレトロフューチャーのコンセプトです。このコンセプトを今後の社会の在り方に置き換えれば、経済の発展と心の豊かさの面で調和の取れた社会、人々が多様な個性を生かせる社会をつくっていくこと、限られた資源の消費と汚染から国土を守る循環型社会をつくっていくことなどが必要であると考えます。
 人間らしい生活、生き方ができる社会をつくり上げていくためには、昔の田舎に普通に見受けられた温かいコミュニティー、結いの心の再生が必要です。田舎の原風景とともに、地域で生まれ、地域で育ち、地域で学び、地域で暮らすことが普通にできるようにすること、そのための権利を憲法に規定することは大きな意味を成すことではないでしょうか。
 具体例として、まず、地域で子供たちが健全に育つことを保障するためにも、子供の権利を書き込むことを提案します。
 我が国が子どもの権利条約を批准していることからも、当然検討されることに異論はないと思います。これには、子供が権利を享受し行使する主体であるという権利条約の精神を反映すべきであると考えます。すべての子供が教育を受けることができる権利を入れるのか、それとも現行のように義務とすべきなのか、こういう点について検討が必要であると思います。
 また、国連において障害者の権利条約案の起草作業が行われていることからも、障害者が地域で暮らすインクルージョンが世界の潮流であることからも、障害者の権利規定を置くことも検討されるべきだと考えます。
 さらに、自然豊かな中で人間らしい生活を送ることができる社会をつくるために、人権としての環境権並びに国家としての責務として環境保全義務を憲法に明記する意味は大きいと考えます。
 以上、本日は憲法改正に係る私の考えの一端を述べさせていただきました。ありがとうございます。

発言情報

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発言者: 松下新平

speaker_id: 17756

日付: 2005-02-25

院: 参議院

会議名: 憲法調査会