田英夫の発言 (憲法調査会)

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○田英夫君 私は、憲法第九条を守るという立場から、憲法ができて五十八年になりますが、その間の第九条の役割、これから将来に向かっても果たすであろう役割について述べてみたいと思います。
 この憲法ができた当時の状況を鮮明に覚えておりますけれども、町には孤児があふれ、アメリカ占領軍の兵隊の靴磨きをして生きているというような状況。そして、お互いに日本人は、神国日本と言われた誇りも何もない、食料を買い出しに走るのがようやくという、そんな状況の中でつくられた憲法ですけれども、そんな中でこの九条を書かれた方の神経を本当に尊いものだと思います。
   〔会長代理簗瀬進君退席、会長着席〕
 幣原喜重郎首相が中心に書かれたと言われておりますが、平野三郎メモと言われる、岐阜県知事などをやられた平野さんですが、幣原さんが亡くなる前に述懐された言葉、こんな言葉を書き残しておられます。
 原子爆弾ができた以上、人類はもはや戦争をしてはならない。日本はもちろん。それではどうしたらいいか。それには武器を持たないことだと思い至ったと。非武装などというと狂気のさたと言われるかもしれない。しかし、国と国がお互いに殺し合う戦争と非武装と、どちらが狂気のさただろうかと。
 これは幣原さんが亡くなる直前に話された言葉だそうですが、本当にそんな中で九条というものができた。その九条が果たしてきた役割は実は計り知れないものがあると思います。
 アメリカは、太平洋戦争終わってわずか五年で朝鮮戦争を始めています。その当時、もし九条がなかったらどうなったか。日本は確実にアメリカ軍に動員をされて、日本軍が朝鮮戦争に参加をするという事態になっていただろうと思います。そうでなくても、九条があっても、アメリカは旧日本海軍の掃海技術の優秀さを知っていて、それを強制的に徴用しました。死んだ人もいるようです。そんな状況で朝鮮戦争に巻き込まれずに済んだのは、九条でしょう。
 しかし、それにつけてもアメリカという国は一体どういうことを考えていたのか、当時の。全く矛盾ですね。
 幣原さんのこの九条の構想を幣原さんはマッカーサー司令官に会いに行って話して、マッカーサーはその後、一九五一年のアメリカ上院外交委員会の公聴会で証言をして、その話を聞いて私は、思わずこの小さな老人の手を握ってそれはいいことだと言ったと、こういう言葉を残しています。これは、議院、上院の速記録にしっかり残っています。
 つまり、幣原さんがマッカーサーに言って九条をつくったということを証明しているわけですが、そうしたアメリカ、つまり九条を受け入れたアメリカ、それが日本を朝鮮戦争に動員できなくて大変困ったに違いない。アメリカの意思は本当にどこにあったのかと思います。今もそういう傾向はブッシュ政権の中にあるんじゃないでしょうか。
 その後、世界は実は大きく激動をしております。この朝鮮戦争はもちろん東西対立、冷戦構造のなせる技ですね。そういうアメリカを中心とした資本主義陣営とソ連を中心とした社会主義陣営が鋭く対立をし、朝鮮では熱い戦争になり、さらに、その後の六〇年代にはベトナム戦争も起こしています。
 こうした戦争が相次いだ中で、もし九条がなかったら、先ほど申し上げたように、ベトナム戦争でも日本はアメリカ軍に動員されたに違いない。いや、それどころか、九条があったおかげで、今の現状よりも、小泉内閣の現状よりも、はるかに当時の日本政府はアメリカ軍に対して、九条というものを背景にしながら、日米安保条約を守れと言って、嘉手納基地から出撃しようとするアメリカ空軍の飛行機、北爆に行こうとするのを、直接行くことを拒んで、アメリカは仕方なくフィリピンのクラーク空軍基地で給油をするという形で北爆をした。つまり、安保条約の極東条項を厳密に守ったわけですね。
 しかし、最近のイラクの問題、アフガニスタン戦争のときなどのアメリカ軍の行動はどうでしょうか。もうお構いなしに日本の基地から直接攻撃に飛び立っている。九条はさすがに無視はできないようですが。
 そんな中で、結局その後の世界は、この東西対立、冷戦構造というものが劇的に壊れていく。一九七二年という年がそのきっかけの年だと私は思っていますが、つまり、ニクソン訪中、田中角栄さんの日中国交正常化交渉、こういうものが相次いで社会主義陣営の一角を崩していくという変化の源になりました。そして、一九八九年、ベルリンの壁の崩壊が劇的に示したように、東西対立、冷戦構造というものは崩壊をする。ソ連も崩壊をする。世界は今、その後大きく変わりつつあります。
 その最も典型的なものはEUの誕生でしょう、拡大でしょう。敵であった元東欧まで含めて拡大をしたEUは、今そのEUの憲法を批准しようとしてます、つくろうとしてます、つくりつつあります。世界は昔の敵も含めて一つの地域的集団をつくろうとしている。
 EUはそのもちろん典型的なものですが、我々に近いところで、かつては本当にばらばらの姿勢を取っていたASEANが、ASEAN地域フォーラムという形に本当に結束をしつつあります。日本も憲法九条というものを本当に精神安定剤のようにして、つまりアジアのかつて日本が迷惑を掛けた国々、中国や朝鮮半島やあるいはASEANなどという国々に心配をさせないで、つまり九条という精神安定剤を持つ形でもっと密接に地域のフォーラムをつくるべきじゃないでしょうか。そういうことが考えられるのも九条があるからだと思います。
 アメリカは、一方で全く、特にブッシュ大統領になって顕著ですが、一国主義を取って、そしてアフガニスタン戦争、イラク戦争などにヨーロッパの反対を押し切って進もうとしている。日本は、今せっかく九条があるのに、そのアメリカの戦争主義に追随をしているという状況じゃないでしょうか。今後、日本は、世界がもっと激動して、激変していく中で一体九条を掲げて何をすべきかということを考えるときに来ているんじゃないでしょうか。九条があればできる。それは、かつての心配を掛けた、迷惑を掛けたアジアの近隣諸国ともっともっと密接になって、中国とも朝鮮半島とも、モンゴルやロシアまで含めて、この地域に一つの話合いの場、特に経済の交流を含めて、安全保障問題も含めて東アジア地域フォーラムというようなものをつくって、もっと密接な関係を築くべきじゃないでしょうか。
 北朝鮮問題があることは事実です。しかし、北朝鮮をも説得できなければ平和はない。北朝鮮も含めて、韓国と北朝鮮とモンゴルと日本と、この四つの国で非核地帯条約を結ぶことに成功すれば、北朝鮮問題の核の問題は完全に解決するじゃありませんか。
 事実、南北朝鮮は、実は一九九二年に相対立しながらも実は朝鮮半島は非核地帯であるという合意を世の中に発表している。これを取り消したということはありません。モンゴルは一九九二年に世界で唯一の非核国家宣言をしております。これも国連に承認をされています。日本には非核三原則があります。この四つの国とも非核ということを意識している。したがって、非核地帯条約ができないということはないと思う。
 日本政府はこの努力をすべきです。九条というものがある限り、この近隣諸国も安心をして日本との話をするんじゃないでしょうかということを私は実行に移していただきたいと思っています。
 終わります。

発言情報

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発言者: 田英夫

speaker_id: 16046

日付: 2005-02-25

院: 参議院

会議名: 憲法調査会