吉川春子の発言 (憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会)
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○吉川春子君 日本共産党の吉川春子です。
私は、日本国憲法の二院制は維持発展させなければならないと考えています。
最近、一院制にすべしとか、参議院の権限をもっと弱めるべしという憲法改正論が出されていますので、これについてまず意見を述べます。
まず、一院制についてです。
小泉総理は、昨年一月、一院制導入の検討を自民党憲法調査会に指示したと報道で見ました。そして、二〇〇四年の三月八日の決算委員会では、一院制を検討してもいいのではないか、これは参議院を廃止せよということではありません、参議院も衆議院も廃止して、新国民会議みたいなものも憲法改正の議論の中ですればいいとおっしゃっています。また、最近いただいた鳩山由紀夫衆議院議員の憲法改正試案中間報告、これなんですけれども、平成の憲法改正というのは二院制を一院制に再編し、併せて、国会議員の少数派の発言権を強化する制度を創設するというようなお考えを発表されています。これは議連ですが、衆参両院を統合して一院制を創る会というのも衆議院議員を中心にして発足をしていると報道で見ました。
当委員会で度々飛び交った言葉、二院制は何の役に立つのか。もしそれが第一院に一致するなら無用であり、それに反対するなら有害だと。これはフランス革命当時のリーダー、シェイエスのものとされ、一院制論者が好んで引用しております。
十九世紀から二十世紀に活躍したイギリスの政治学者、閣僚をも務めたブライスは、「近代民主政治」という著書の中でシェイエスを痛烈に批判しています。彼は、二院制について、アメリカ諸州最初の憲法の起草された際には英国の二院制になぞって第二院が設けられたと。この先例は、旧世界の諸国にとどまらず、西半球の諸国に至るまで、近代において多少は民主的な政治組織を持った諸国の大半の模倣するところとなったと述べています。
続いて、フランスでも、あたかもカリフ・オーマルがアレキサンドリアの図書館の破壊を許可する際に、もしこれらの書籍がコーランと一致しているなら不必要だし、もし相違しているなら失われるべきものであると言ったと伝えられるジレンマを思わせる第二院は何の役に立つか。それは、もし代議院、第一院と一致すればぜい物、不要なものだし、一致しなければ邪魔者だと反論したと言われるシェイエスの言葉にもかかわらず、一八三〇年にも、一八七五年にも二院が設けられたと指摘しています。
その上で、しばしば見られることであるが、これらのジレンマは他の可能性を除去することによって成立するものである。第二院は、他の一院との、賛成あるいは反対以外の仕事をなし得るかもしれない。そして、その目的において一致した場合、それに到達するほかのより良き手段を示し得るかもしれない。カリフの言は、コーランが回教徒が知らんとする一切を包括する百科事典たるときにおいて初めて妥当なものである、このように言っているわけですが、高見勝利北海道大学教授の言をおかりすれば、このオール・オア・ナッシングの論理は他のすべての可能性を排除することによって成り立つものであるとし、本文の論理も、また第二院は第一院に対し賛成又は反対以外の仕事をなし得るかもしれない、また目的を共有する場合であっても、その目的に到達するほかのより良き手段を示し得るかもしれないが、そうした可能性をすべて締め出した上での論理であると言っています。こういう考え方に私は到底同調できません。
よく引用される「註解日本国憲法」、コンメンタールも同じ論を展開しています、反論をですね。思うに、選挙によって国民の意思を常に完全に反映させることができるならば、第二院、上院は全く無用であろう。しかし、そのような完全無欠の代表制度を実現することは不可能若しくは著しく困難である。そしてさらに、二院制の一般的な長所として、一院制議会は多数横暴の弊に陥り、真の国民の意思と乖離しやすい、両院制は審議の慎重を保障することができる、数を代表する下院とは異なる選出方法によって上院に国民の理を代表させることが必要であるとの三つを挙げるとともに、それぞれ国民主権主義の上に立つ民主政治の理念と背馳しないかどうかについて検討しています。その立場から、国民世論の喚起に果たす二院制度の役割を指摘しています。
さらに、私は、一院制を強調する人々は議会制民主主義の歴史の中で二院制の実績を積んできた点を評価していないのだと思います。ブライスが指摘していますように、参議院は、衆議院との賛成あるいは反対以外の仕事を行ってきましたし、結論が一致した場合も法案の施行についての留意点を政府に豊かに示してきたと思います。閣法であれ議員立法であれ、二つの院での審議記録は法施行に際して人権保障のための有効な手引となるものと思います。
また、国民世論の喚起に果たす二院制の役割について度々私は実感してきました。前にも申し上げたと思いますが、参議院は消費税廃止法、被爆者援護法等、衆議院では否決した法案を可決して世論にこたえました。国会で衆参両院で審議する中で世論が醸成していった例として、八九年の消費税導入、九三年の自衛隊海外派遣のPKO法、九五年のいわゆる政治改革での小選挙区制導入、まあこれは否決したわけですけれども、思い出します。これらは提出当初から重大法案でしたけれども、参議院での審議段階で世論の関心は一層高まって、牛歩による何夜を掛けてもの徹夜とか、小選挙区制は参議院では否決しました。賛否は両方あると思うんですけれども、恐らく一院のみであったら、こうした世論の成熟は経験せずに終わったと思います。
世界の現状を見ると、サミット参加国、主要八か国、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ、ロシア、日本は、類型や内容に差はあるものの、すべて二院制を採用しています。
二院制を採用する国の最近の推移を見ると、九五年は五十三か国、二九・四%、二〇〇三年は六十八か国、三七%へと増大する傾向を示しています。世界の流れから見ても、日本が二院制をなくす理由は全くないと考えます。
第二に、一院制とは言わないまでも、参議院の権限を弱めるという提案についても私は同調できません。参議院議員の直接選挙制をやめて推薦制などにするという意見です。
これは、昨年の自民党の憲法改正大綱たたき台におきましても、参議院は各州ごとに選挙された議員及び法律の定めるところにより選出、推薦された議員で組織するなどとなっています。また、世界平和研究所、これですが、が出した憲法改正試案では、選挙に関する事項の五十四条で、ただし衆議院議員は国民が直接選挙しなければならないと規定して、参議院議員は選挙によらなくてもよいかのような表現になっています。
大日本国憲法では、「貴族院ハ貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス」と、直接選挙によらない議員で構成されていました。仮に、首相、参議院議長、最高裁判所経験者を推薦で参議院議員とするようなことが行われるとすれば、これは新たに国民との距離を置いた特権階級を作る貴族院の復活ではないでしょうか。
また、主権在民の歴史六十年分の経過に伴って、国民の直接選挙によらない参議院議員は行政府へのチェック権限も強力には行使できなくなるのではないでしょうか。いずれにしても、時代錯誤の主張と言わざるを得ません。
さらに、参議院の権能を制限あるいは弱体化しようとする、現行参議院の役割を大幅に見直し、例えば大臣指名の廃止、衆議院における予算審議と参議院の決算審議の役割分担を検討するという内容についてです。また、衆議院の優越規定の一層の強化に伴う参議院の権能を弱める主張もあります。例えば、法律については衆議院の再議決の要件を三分の二から過半数にするとともに、みなし否決の要件とされる期間も現行の六十日から三十日にしています。また、予算、条約承認についての両院の議決が一致しないときの両院協議会の開催について、現行の必要的から任意的に変えるなどとしています。
私は、今の憲法の統治機構に関するものに限っても規定を変える必要はないというふうに考えています。しかし同時に、参議院が二院制の有効性を更に発揮させるための改革は非常に必要だと思います。岩井奉信参考人は、一院制議論というよりも二院制をどう生かすかという議論の方が生産的だと述べましたように、参議院改革の方向性が必要です。
で、私が現在の一院制論にくみしないのは、一院では立法府としての国会の任務である行政府に対するチェック、多様な民意の反映という二つの権能を十分に果たせないからです。
私たちは、多様な民意を反映させるために二院制を維持しようと考えています。その参議院で、議員の発言等に高いハードルを設けていることは好ましくありません。参議院改革の方向として、参議院を言論の府にふさわしく多様な国民世論の反映と充実した審議の場にすることが重要です。衆議院にはない参議院のルール、すなわち議員数が十人未満の会派の発言機会が著しく制限されていることや、あるいは立法府としての議員の立法権を高いハードルを設けて立法提案を行いにくくしていること等を改めて、少数会派、無所属の議員の発言権も十分に保障するなど、二院制の存在意義を高める改革に参議院自ら取り組むべきことを最後に申し上げまして、発言といたします。