愛知治郎の発言 (憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会)
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○愛知治郎君 お疲れさまでございます。自民党の愛知治郎でございます。
本日は、十五分ほど時間をいただきましたので、私自身の話、考え方をお話をさせていただきたいというふうに思います。
私自身は自民党ですのでというわけではないですが、憲法に関しては基本的に、自民党の考え方、自主憲法制定という話もありますけれども、このままじゃいかぬだろうと、しっかりと憲法見直しをしていこうという立場に立っております。そして、この憲法、しっかりと議論を踏まえた上で改正をしていくべきだというふうに考えておるんですが、いろいろ、いろんな方々それぞれのお立場があって、このまま全く変えないでずっと継続していこうという方ももちろんおられると思います。
いずれにせよ、しかしながら、最終的には、我々のこの国会議員の議論というのはもちろんなんですが、最終的に決めるのは国民の皆さんですから、国民がこの憲法というものをしっかりと分かっていただけなければ仕方がない。そして、その分かった上で最終的な判断をしてもらうということになると思います。
そこで、私自身は本当に危惧というか、これから大変な作業が待っていると思っているんですが、やはり国民の皆さん、一人一人の皆さんにもっと憲法をよく知ってもらわなくちゃいけない、それを伝えていかなくちゃいけない。また、ここでの議論すべて分かっていただければいいんですけれども、なかなかそれは事実上不可能だと思いますので、分かりやすい形でどういうものなのかというふうに接点を求めていかなければならない、お話をしていかなければならないというふうに思います。
そこでなんですが、その一助になるべくというか、この際ですから、確認の意味でも、また、私自身が一般の方にお話しするような話になりますけれども、そのお話を、憲法とは何かというものからお話をさせていただきたいというふうに思います。
大体、国民の皆さん、一般の方ですけれども、憲法をどのようなものとしてとらえているかということで、お話をするたびに思うんですが、単に法律の強いものであると、法律の効力の強いものであるという意識を持たれている方が多分大半なんじゃないかというふうに思います。
本質的にその憲法と法律というのは全く別次元のものであって、仮に、そうですね、言い方難しいんですが端的に言いますと、憲法とは国家、国家権力に対する法律のようなものですね。法律が国民に対する規制であるのに対して、憲法とは、その法律を作る側ですね、執行する側、国家権力に対する国民側からのその規制、法律という言い方ができるんじゃないかというふうに思います。
なかなかこれは言い方は難しいんですが、いずれにせよ、そういったベース、次元が違う。国家に対する法規範であるか国民に対する法規範であるかという区別からすると、憲法の本質はやはり制限規範であると。国家に対してこれだけはしてはいけないよというような権力に対する規制、それから、最低限の義務を規定したものだというのが本質だと思います。
これで、例なんですが、例えば憲法の歴史、随分古いんですが、一七八九年、有名なフランスの人権宣言でですね、その十六条において、権利の保障がされず、権力の分立が定められていない社会はすべて憲法を持つものではないという表現もありますけれども、いずれにせよ、そこの本質的な部分、権力の構造というのをしっかりとコントロールしていくもの、その憲法の本質というのを我々は国民の皆さんを巻き込んでしっかりと議論していかなければならないと思います。
その本質から導き出される部分でその権力の分立があるんですが、これはやはりその権力、一部に集中するのではなくて、ある程度分散することによって抑制、均衡を図ると、そのことによってその権力の濫用を防ぎ国民に有益なシステムを作り上げようという精神が反映したものだと思います。
例えば君主制、昔々の君主制ですけれども、たとえ九人名君が続いて物すごい善政を、いい政治を行ったところで、たった一人暴君が出てしまえばすべてを失ってしまうと。そういうことから、人に対する支配、これに対して疑いを抱いて、システムでしっかりとその国、システムというか国民を守っていきましょうと、そういう精神の表れだと思います。だからこそ、その法の支配、まあそれもいろいろ意味があるんですが、構造的に権力の濫用を防ぐという形を憲法に封じ込めて、国民が国家権力に対してそれを提示した、突き付けたという形であると思います。
この延長で、もちろん国会、この二院制のことについても議論をしなければならないというふうに思います。いわゆる民主的第二院ですね、この役割に関して、またさっきの権力の分立と同じように、一義的にはやはりその一院の行き過ぎを抑制をし、慎重審議をした上で誤りなきを期すると、そういった役割が非常に大きくなってくると思います。
しかも、特に今顕著に現れやすいというか、危惧される部分が一つあるのが、私自身は持論としては三大政党制がいいんじゃないかというふうに個人的には考えているんですが、少なくとも今、二大政党制、二大政党化という方向に進んでいるところでもあります。このときに非常に危惧される部分が衆議院の暴走と。よく言われますけれども、民主主義は暴走する、ポピュリズムに走って過ちを犯していく可能性があると。それに対する抑制という役割は本当に重要になってくる、ますます参議院の役割が重要になってくるんではないかというふうに思います。
ただ、まだそこにも問題点が幾つかございまして、例えば参議院が政党化していけば余りその抑制の意味がなくなってくるんじゃないか、それから、余りにも慎重審議、これは逆なんですけれども、慎重審議をし過ぎると、時間を延ばし過ぎると、この時代、変化の時代に対応ができてこなくなるんじゃないかと、そういったその相反する命題、いろんな課題があると思います。
では、どうすればいいか。現実的に、今の段階で我々も非常に、これは与野党問わずにですけれども、どうしたらいいんだろうということで様々な御意見あると思うんですが、例えば、よく言われているのが、現行のままでも党議拘束を外して、よりちょっとカラーを変えていけばいいんじゃないかと、やり方を変えていけばいいんじゃないかと、その運用の問題ですね、お話しされることがあるんですが、しかしながら、この運用に関しては、私自身一番危惧を抱いているのは、ある日突然やめたと言ってしまえばできてしまう、これが一番問題だと思います。党議拘束に関しても、今いろんな制度ですね、あるところ、気持ちとしてこうしましょうというのはあるんですが、ある日突然、そのポジションにあって権限のある方、それから時代の流れによって、ある日突然やめようと言ってしまえばやめられてしまうというのが一番問題であると思います。この点はしっかりと議論をしていかなくてはいけない、制度を考えていかなければならないというふうに思います。
もう一つ、その役割分担ということでいろいろ知恵を絞られて、また苦労もされてきたことであるんですけれども、例えば、予算を衆議院で優先的にというか、制度上もそうですけれども重視して、参議院では決算を重視しようという考え方もございます。
ただ、極端に言えば、もう完全に予算を衆議院だけ、決算は参議院だけという形も考えられますけれども、いずれにせよ、決算の制度上の、これは運用でどうこうというだけではなくて、制度上もしっかりと担保されたその拘束力を持たせなければならない。これもその次の課題として、もしそのような役割分担をするのであれば制度上作っていかなければならないというふうに思います。
極端な話、これは多分無理だと思うんですけれども、決算、政府が無視をしたら、参議院の側で三分の二以上の議決でその無視をした閣僚の首を取るとか、首を取るというか罷免するとかですね、これは極論ですけれども、ある一定のそういった権限、実質的な権限をやはり持っていかなければならないだろうというふうに思います。
また、あと役割分担の話で、時事的事項を衆議院、まあ解散権がある、そのときの大きな大きな政治的な争点があったときに衆議院で実質的に解散ということもありますけれども、そういった問題を考えていくというのは非常に大事だと思います。その逆として、解散のない参議院は長期的な課題にしっかり取り組もう、それが端的に表れているのが調査会だと思うんですが。先日、私自身、ちょっとおわびをしなくちゃいけないんですけれども、制度上勘違いしていた部分もありまして訂正をしなくてはいけない部分あると思いますが、この調査会、ただ一つだけ、この調査会に関して、その精神、やはり参議院で長期的な安定したある一定の期間を持ってしっかりと議論するということ、この役割を明確にやはり衆参分担していく。つまり、担当するところはしっかりと我々が長期的な課題をやるんだ、衆議院ではなくて我々だけがやるんだという形も作っていかなければならないと思います。
いずれにせよ、その役割分担いろいろ考えてこられていることありますし、今必要でできることはやるべきだと思いますが、根本的な部分でやはり衆参の区別付けていくべきだと私自身は思います。というのは、衆議院と参議院の本質的な差別化を図っていくべきだ、本質的なところで役割分担をしていくべきだというふうに考えております。
端的に言いますと、例えば衆議院は政権選択の役割を選挙に関して持っている、そしてその役割を担ってもらう。参議院に関しては各界各層から、あらゆる角度からいろんな代表を選ぶと。衆議院は政権選択選挙、参議院は代表選出選挙のような形で選んだ議員で構成すればいいんじゃないかと。
帰結として、衆議院は与党が内閣と一体として、これイギリスなんかでもそうなんですが、ほとんど与党となった人たちは内閣に入って内閣と一体化する、それが衆議院。そして、参議院は逆に、まあこれ内閣に入らないという意見もありますけれども、私自身はそうではなくて、有益な人材であればいずれにせよ入ればいいとは思うんですが、少なくとも院の役割としては参議院こそ議会を中心とするべきだと。衆議院は、もうほとんど政権を取るか取らないか、政権運営の方に当たっていただいて、参議院は議会を中心にしたらどうかというふうに思います。
また、それを実質的に担保するときに、一度、私自身も政党法を作って参議院で政党を外してしまえばいいんじゃないかという話も極論として言いましたが、それも一つではないかと思うのが、政党法を作った上で、衆議院はどちらかというと国民を巻き込んで、広く一般、政権選択という選挙もかかわって大きな議論の中でやってもらう、その役割を果たしてもらう、そして政党も国民により近いところでやっていただく。ただ、参議院の場合は、そういった形ではなくて、やはり院内会派、院内でその会派を形成して独自の動きをしていく、議会を中心にやっていけばいいんじゃないかというふうに考えて、そういう御提案をさせていただいたという次第であります。
現状はなかなか難しい問題ございますし、もし憲法を変えていくということであれば、様々な制度、例えば今言われている政党の役割であるとか制度、あらゆる制度がありますけれども、すべて見直さなければならない大変な作業になると思いますが、やはりこれから先何十年、まあ何百年というかもしれないですけれども、先を考えたときに、ここでしっかりと議論をしていくべきだと思いますし、また何よりも分かりやすく国民に理解をしてもらう、その上で最終的に判断をしてもらうということをしていかなければならないと思います。
これから小委員長がここでの議論を含めて報告書という形で、また親会というか、憲法調査会の方でも報告書をまとめて国民にも提示していかなければならないと思うんですが、できればその中でも憲法をどのように国民に考えてもらうかという形を考えていただいて、いいものを作っていただければというふうに思います。
時間が来ましたので、以上でございます。