松村祥史の発言 (災害対策特別委員会)

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○松村祥史君 自由民主党の松村祥史でございます。
 今回、災害対策特別委員会で二度目の質問をさしていただきますが、事前の予防策の会議をやるこの場所でございますけれども、非常に残念なことに、起こりました被害が甚大でございまして、そのことについての復興であったり支援であったり、この委員会というのは、まあある意味活発過ぎると、災害に対してですね、とても残念な気持ちになります。本来であれば、予防策についての活発な議論を今後さしていただきたいなと思っております。
 冒頭、大臣に決意を、今回の地震に対します決意をお伺いするつもりでございましたが、小泉先生の方から御質問がございましたから、このことは先ほどのお言葉で承らしていただいたと思っております。
 まずもって、三月二十日に発生をいたしました福岡西方沖の地震でお亡くなりになられました方の御冥福と、避難をされまして不安で不自由な生活をされていらっしゃいます避難者の方々に心からのお見舞いを申し上げたいと思います。
 実は、私も昨日、小泉先生、そして当委員の西島先生と三人で自主的に視察に行ってまいりました。残念ながら、天候不良で島へ入ることはできませんでしたけれども、九電体育館に赴きまして、実際避難をなさっていらっしゃる方々と直接お話をしてまいりました。昨年の教訓が生きているのか、非常に、発生後五日間でございましたけれども、十分な対応が取られているなという認識を持ちました。
 お話をさせていただきましたのは、玄界島の漁業関係者の、漁協の青壮年部の副部長さんをなさっている久島さんという方でございましたけれども、お世話をなさっていたんでしょうね、本当に堰を切ったように、小一時間でございましたけれども、たくさんのお話を聞かしていただきました。
 その中で特に印象に残りましたのが、島の住民として死者が出なかった、だからこのことが一番よかったと、こういう言葉を多数聞かしていただきましたし、何よりも国や県や市に、また国民の皆さんに大変なお世話をいただいている、恐縮をしていると、感謝の思いを語っていただいたところでございましたが、正に被災をされていらっしゃるにも限らず、そういう温かい気持ちになっていただくというのは本当に有り難いなと思ったところでございました。でございますので、玄界島のお話を少し中心にやらしていただきたいなと思っております。
 私も二十日の日は熊本におりましたから、この地震を体感したわけでございますけれども、十時五十三分、室内におりましたから、揺れましたときにまず、人間というのは不思議なもので、例えば今ここで地震が起きたとします、すると必ず何か揺れているものを探すんですね。私は天井を見て電灯が揺れているかどうかというのを確認したんですけれども、通常、九州というのは余り地震が起きないところでございますから、すぐ通り過ぎる地震だなと、こう思ったんですけれども、そこからがやっぱり長く感じまして、非常に不安感がございました。その後、テレビ等で情報を収集いたしましたけれども、非常に早急な情報収集ができまして、この対応も正に昨年の教訓が生きているなと思ったところでございました。
 人間というのは不思議なもので、普通の電話があるわけですけれども、目の前にある携帯に慣れてしまっておりまして、すぐ携帯を取ってしまいます。当然のことながら、うちの熊本でも通じませんでしたけれども、やはり後々考えてみますと、こういう緊急連絡体制、分かっていてもなかなかできるものではございません。そういう意味では、こういう未然の徹底をやっていく、緊急防災対策の徹底をやっていく、このことは非常に大事なことだなと改めて痛感をいたしました。
 そこで、昨年の教訓を生かして、非常に初動体制も早かったわけでございますけれども、林田副大臣にも早々に、当日の夕刻にはもう現地に入られたとお伺いをしております。このことについて内閣府の方から、どういった体制でこの六日間、初動体制から経過を取られたか、できる限りの御説明をいただければと思います。

発言情報

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発言者: 松村祥史

speaker_id: 22844

日付: 2005-03-25

院: 参議院

会議名: 災害対策特別委員会