近藤正道の発言 (憲法調査会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○近藤正道君 社民党・護憲連合の近藤正道です。
 最初に、本調査会で憲法改正手続について調査を行うこと自体について申し上げたいと思います。
 本調査会は、憲法を総合的かつ広範に調査することを目的に設置されました。そして、五年間の調査を経て、その報告書を本年四月の末に議長に提出したわけであります。これによりまして本調査会はその本来の役割を終了いたしたと思っております。したがって、本調査会が今回、憲法改正手続について議論を継続し、衣替えすることによって、実質的に九条改憲に向け、その条件づくりの役割を果たすことは、調査会の設置目的の逸脱であり、許されないこと、あってはならないことだと思っております。私は、冒頭そのことを強く指摘したいと思っております。
 その上で、九十六条で改正手続を持つ憲法と国家の関係、憲法とは何のためにあるのか、私の考えを述べることから始めたいと思います。
 私は、憲法とは、国民主権の下、主権者である国民が国家に対し向けたもの、国家権力の濫用を防ぐため、国民の基本的人権を守るために国家権力を拘束するルールであって、国家権力の行為規範であると考えております。これがヨーロッパの市民革命の中から生まれた立憲主義の伝統的考え方であり、国民あっての国家という立場であり、我が国の憲法は、この立憲主義の嫡流と位置付けられるのであります。
 ですから、憲法九十八条は、憲法尊重擁護の義務を国民を除く一定の公務員に対してのみ課しておるのであり、そしてこうした性格を持つ憲法が簡単に改正されないようにするため、衆参両院において三分の二以上の発議、そして国民投票による過半数の承認という厳格な要件を求めているのであります。これが硬性憲法であり、国会議員だけによる安易な改正は許さないという権力に対するブレーキの役割を果たすものであって、第九十六条は憲法秩序の担保規定として存在しているのであります。立憲主義の考えは、現憲法の正にバックボーン、背骨でありまして、これを根本から否定する憲法改正はこの国の形を根本から変える改正であって、そもそも許されないのであります。
 次に、現時点における憲法改正の必要について申し上げたいと思います。
 結論として、私は、現在この国の憲法を改正する必要はないと考えております。現憲法は、国民主権、基本的人権、そして平和主義など、先駆性に満ちたすばらしい理念にあふれ、我が国の戦後の平和と繁栄、民主主義の発展に大きく貢献をいたしました。本調査会における五年間の調査結果を見ても、三十三項目の共通の認識部分はもちろんのこと、六項目の趨勢と明記された部分を見ても、その大部分は既に現憲法の中に存在し、解釈上も認められており、現憲法で十分に実現可能なことばかりであります。あえて憲法を改正しなければならないとの説得力ある意見はどこにも見いだすことはできないのであります。
 また、共通認識はもとより、趨勢意見であっても、憲法を改正しなければ大変に困るとか耐え難い、こういうものなどは五年間の調査結果ではありませんでした。もし耐え難いと感じる部分があるとすれば、それは日米同盟を一層強化し、憲法第九条の下では決して許されることのない武力行使目的の自衛隊の海外派兵、そして集団的自衛権の行使、つまり自衛隊の海外における武力行使に道を開きたいと切望している人たちだけではないでしょうか。
 確かに、一方、本調査会では、プライバシー権や環境権など新しい人権を憲法上明記することが必要だという意見が趨勢となりました。しかし、そもそも憲法第十三条は包括的規定であり、この条文と他の条文を併せることによって新しい人権を導き出すことは十分に可能であり、新しい人権が憲法上の保障を及ぼすべき権利であるとするのが共通の認識であったことを併せ考えると、要するに、憲法上この新しい人権を明記すればより一層分かりやすいというだけのことであり、いわゆる新しい人権を憲法で明記しなくとも基本法や施策で十分に対処することができるのであります。しかも、海外での武力行使容認を主張する人たちの多くが、この間、環境権や知る権利など新しい人権を規定する基本法の創設に終始消極的だったことは私たちの記憶に新しいところであります。
 しかも、現在、国民の圧倒的多数が焦眉の課題として憲法改正を求めているわけではありません。今回の総選挙におきましても、小泉総理も与党も郵政民営化しか訴えてまいりませんでした。憲法改正や国民投票制度について選挙の争点になることはなく、憲法改正を求める国民の圧倒的声などはどこにもないのであります。
 とりわけ第九条については、戦争放棄の第一項はもちろんのこと、戦力の不保持と交戦権を否認した第二項についても、変えない方がいいという回答が変えるべきという回答を上回っているのが各報道機関の世論調査の一貫した結果であります。国会における、ある意味で改憲をあおる論調と世論の間に大きな隔たりがあることは明らかであります。
 いずれにいたしましても、憲法調査会に参考人として出席した学者、知識人、あるいは中央、地方の公聴会で意見を述べた公述人の多くが、憲法を変えることではなく憲法を生かすことの重要性を説いていることも踏まえるならば、憲法の理念や価値がいまだ実現されていない事実を放置したまま、一方的に国民の間で改憲の機運が高まっていると結論付け、全面的な改憲に踏み込もうとする考えには賛同できないのであります。
 憲法改正を言う前に、我々国会議員は、憲法理念と現実との乖離を生み出した政治の責任を自覚し、現実を憲法理念に近づける努力、憲法を生かすことにもっと努力を払うべきではないでしょうか。
 確かに、戦後政治の中で改憲問題が何回となく浮上してきたことも事実であります。しかし、憲法改正を望まない国民は、そのたびに改正の動きに強く反対をしてまいりました。その足掛かりとなる国民投票法制度を作ることを許してまいりませんでした。国民投票法を作らないのは、これを望まない国民の意思であり、立法不作為、怠慢という指摘は当たらないと思います。
 そもそも立法不作為は、不作為の違憲、違法を前提に国家賠償請求を行う流れの中で形成された概念であり、具体的にはハンセン病や無年金訴訟、さらに最近では、例えばアスベストに対する政府の対応のように、緊急に対応を講じなければならないときに、それを違法に放置して何も対策を取らなかった場合など、人権侵害に当たる場合のことをいうのであります。憲法と法律制度の一般的なずれをいうのではありません。現に、例えば憲法九十六条の隣の憲法九十五条に基づく地方自治体の住民による住民投票制度はいまだ未整備ですが、これについて立法不作為だという議論は聞いたことがありません。
 しかも、国民投票制度については、憲法改正とは別に一般法として作る方式と、憲法改正の発議ごとにその都度一回きり使う法律として個別法として制定する方式があります。それぞれメリット、デメリットがあり、後者、つまり個別方式の場合についてはそもそも立法不作為などという論理は成り立たないのであります。
 いずれにしても、国民投票法が未整備であるのは、国民の中に憲法改正の条件がなく、国民がこれを望まなかったからであって、立法不作為の指摘は当たらないのであります。
 その上で、今、私どもは憲法改正の必要を感じてはおりませんが、百歩譲って仮に国民投票法を制定するとした場合、その改正の在り方についても申し上げたいと思います。
 まず、憲法改正は無条件に何でもできるものではありません。憲法の根本原則、規範を否定する改正は許されません。この憲法改正手続を公職選挙法に準拠して考える向きがありますが、根本的に誤っております。
 憲法改正の国民投票は、第九十六条に基づいて実施されるものであり、憲法十五条に基づく公職選挙法とは憲法上の根拠を異にし、性質も全く違うものであります。全く性質の異なる憲法十五条の具体化である公職選挙法の選挙運動規制等を安易に憲法改正国民投票法に横滑りさせるような、無原則で誤ったやり方は厳に慎まなければなりません。
 そもそも憲法改正手続を定めた九十六条は、主権者たる国民の憲法制定権の行使を保障するものであり、主権そのものの行使にふさわしく、公平で最も民主的な手続で実施されなければなりません。憲法理念に立脚し、国民主権の原則にしっかりと沿うものでなければなりません。
 そのためには、一点目として、投票者の意思を正確に投票結果に反映されるようにするため、全体を一括して投票に付するのではなく、個別の条文ごとに賛否の意思を表示できる提案方式及び投票方式とすべきであります。
 二つ目に、国民投票運動については、言論、表現の自由が最大限に尊重されなければならず、公務員や教育者を含め、運動規制ゼロが原則であるという立場に立たなければなりません。外国人の意見表明権を保障し、公職選挙法の規定の横滑りは許されず、戸別訪問は解禁され、文書頒布等の自由は原則保障されなければなりません。とりわけメディアに対する規制は原則あってはならないと考えます。
 三つ目に、通常選挙における投票権者に加え、十八歳以上の者の投票権や重度身体障害者の在宅投票、代理投票を認めるなど、投票権は可能な限り拡大すべきであります。
 四点目に、国民投票の前に憲法教育を改めて徹底し、国会発議から投票実施まで、国民が十分に情報を収集し、学び、考え、話し合う時間が保障されることが必要であります。
 五点目に、国の最高法規たる憲法の改正ということからかんがみれば、改正案が成立する要件としてクリアしなければならない一定の投票率を設けることが重要であります。
 等々、これらがしっかりと法改正手続の中に盛り込まれ、手続的に担保されていなければ、憲法改正の国民投票の名には値しないと思うわけでございます。
 以上申し上げ、憲法改正手続に対する私の意見といたします。
 ありがとうございました。

発言情報

speech_id: 116314184X00220051012_010

発言者: 近藤正道

speaker_id: 3970

日付: 2005-10-12

院: 参議院

会議名: 憲法調査会