葉梨康弘の発言 (日本国憲法に関する調査特別委員会)

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○葉梨委員 自民党の葉梨康弘でございます。
 私も、十一月七日から十一月の十八日までこの議員団に参加させていただきました。中山団長以下の御指導、そして今も御報告がありましたけれども、本当に一生懸命やらせていただいた、その議員団に参加させていただいたことに大変感謝を申し上げます。
 私からは、大きく二つ申し上げたいと思います。一つは総論的なもの、それから次に、制度設計について幾つか参考になったという点でございます。
 その総論的なものは、直接民主制か間接民主制かということの問題でございます。スイスのように、スイスは民主主義であるということで、直接民主制を胸を張って言う国もございました。また、スロバキアのように、間接民主制の方が実態としてはすぐれていると言われるような国もこの五カ国の中にはございました。
 そして、その中で私どもが感じ取ったことは、国民投票という手段の怖さでございます。私どもがスロバキア、ドゥルゴネツ委員長のもとを訪れたとき、国民投票とは何か。先方の答えは、政治的なツール、道具であるということでございます。
 国民投票というものの怖さということを三点ほど申し上げたいと思います。
 一つは、ベルン大学のリンダー教授も指摘されていましたように、例えば、フランスのナポレオン三世が多用したような形での、独裁者がその信任投票として国民投票を利用するという怖さでございます。
 それから、オーストリアのコール議長がおっしゃられていたように、ある政治問題とリンクした場合、そのイシューそれ自体について冷静な判断が可能かという問題があります。オーストリアにおいては、原子力発電の停止を求める国民投票について、開発を主張いたします政権がこれに政治生命をかけると言った途端に、その政権の人気が余りなかったものですから、政権をおろしたいというような勢力が働きまして、原子力の開発が停止された、そういう経緯がございます。
 そして、三点目は、やはり国民投票というのはどうしても理性よりも感情が先に立ってしまうんじゃないかということです。この点については、スイスのホッツ長官のところを訪れたときに、いみじくも彼女が言われておりましたのは、スイスは国民投票の国である、しかしながら、そのスイスにおいても、議員の歳費を上げることを国民投票にかけることは、絶対、多分負けてしまうだろう、そのことだけは皆さんも頭の中に入れてください。あのスイスにおいてすら、必ずしも客観的な判断がどこまでできるかという問題もございます。
 そこで、このような問題を払拭するために、ベルン大学のリンダー教授に質問したところ、以下のような示唆がございました。
 まず一つは、国民投票については下からのイニシアチブが大事である。政府のイニシアチブがあるにしても、政府の恣意的な諮問は不可である。そして、平時でなくて騒乱時の諮問というのは、極めて判断が客観的でなくなるので不可であるということでございました。
 また、さらにはスペインのフンコ所長、さらにはゲラ委員長の示唆ですけれども、これは先ほど中山委員長からも御指摘のあったとおり、与野党のしっかりした協議が大切であるということです。
 問題は、日本の政治文化がどこまで成熟しているかという問題です。
 直接民主制のスイスというのは、これは実は政権交代がございません。閣僚の配分も、この何十年間、大連立の中で与野党が固定的に配分をしております。そして、間接民主制のスロバキアというのは、これは若い国であって、必ずしも民主主義が定着しているということは言えないかなというような感じがいたします。ただ、それ以外の国、いずれの国も、政権交代があっても、憲法の大枠、これは両方の党が大切にするということについては一定のコンセンサスがあったのかなと。
 ですから、日本の場合、国民投票ということを考えるとき、私個人的には、直接民主制あるいは住民投票、こういったものに対する誘惑というのはございます。しかしながら、まず憲法について、これは一つの政党のためのものではない、どのような政党が政権をとるにしても、どのような政権交代があったにしても、憲法というものは大切にしていくんだというような政治文化を確立する中で、憲法改正の国民投票ということを先行させていくべきではないかというような印象を持ちました。
 次に、制度設計について何点か申し上げます。
 保岡先生と論点がダブらないように申し上げたいと思いますが、一つは問いかけのあり方でございます。
 これはどこの国におきましても、国民投票が政治的に恣意的なものにならないようにするためには、その国民投票の結果が感情的なものにならないようにする、そして国民によく理解をしてもらうというような意味から、一義的にわかりやすい問いかけでなければならないということ、そして必要な情報が適切に国民に提供をされていなければならないということが国民投票の有効か無効かの要件になっていたという印象があります。これは、オーストリアのコリネック憲法裁判所長官、あるいはフランスのゲナ前憲法院総裁がおっしゃられていたことでございます。このような仕組みによって、政治的ツールとして利用されることを防止する仕組みを彼らは持っております。
 そこで、我が国として参考になるのは、この委員会でも一括か個別かというようなことが問題ともなりましたけれども、例えば、あらかじめ特別の審議会的なものを設けておいて、そこに、問いかけの仕方について、このような問いかけで大丈夫ですかということをあらかじめ諮問していくというようなことも一つの方法としては考えられるかなという感じを持ちました。
 有権者の年齢でございます。
 今もお話のあったとおりでございますが、私が印象に残りましたのは、フランスにおいての通訳の方に中山委員長が尋ねられて、日本では十八歳にしてはどうだという話を申し上げたところ、その通訳の方がおっしゃるには、私は個人的には日本の十八歳はちょっと幼児性が過ぎるので二十歳のままがいいんじゃないかという痛烈な皮肉を言われたのを覚えております。
 しかしながら、やはりこれからの社会を考えるときに、若者がもっともっと社会に参加する、そして国づくりに参加するということは、私は大切だというふうに考えております。
 ですから、今回、国民投票ということで、個人的には今のところ二十歳ぐらいでいたし方ない部分もあるかなというような感じもしておりますけれども、これからもっともっと議論を深める中で、十八歳以上の方々が、その幼児性を払拭して、権利を伴う義務、そして社会について考える、そういうような議論をどんどん広めていくことが必要ではないかというようなことを考えました。
 次に、メディア規制でございます。
 このメディア規制ということについては、多くの国において論評のメディア規制それから情報提供についての規制と二種類に分かれているという印象を持ちました。論評については、ほとんどの国が、これは放送と紙のメディアとの違いはありますけれども、相当自由である。しかしながら、情報提供のあり方についてはいろいろと考えているなと。
 例えば、スイスでありますと、政府が一つ資料という形でも各戸別に郵送をする。さらには、スペインの場合は、議席の数に応じてそのキャンペーン、つまりテレビなんかのキャンペーンの割り当てを行う。これは、アメリカがキャンペーンについても自由であるために、そこら辺のところはある程度自制をしていかなければアメリカ型の民主主義になってしまうというようなことをスペインのガリーゲス所長なども言われておりました。
 最後、四点目でございますが、有効無効の判定でございます。
 有効無効の判定については、フランスは、三日というのはちょっと間尺に合わないということだったんですけれども、憲法院において選挙の後にこの投票が有効であったか無効であったかということを判定いたします。そして、オーストリアの憲法裁判所においても、違法な行為が認定された時点でその選挙自体を無効、投票自体を無効ということに確定するわけですけれども、いずれも、これは刑の確定ではなくて、選挙に影響を及ぼすかどうか、そういうような重大な事案があったときに無効と判定する。したがいまして、非常にその判定の期間が短いということがございます。これは明らかに我が国の司法文化と異なってまいります。
 すなわち、我が国の司法文化において、選挙の無効を判定するには、一つの方法としては、個人の刑の確定があってから当選無効の訴訟が行われる。そしてもう一つは一票の重み。候補者の一票の重みは、国民投票の場合、問題となりません。そうなりますと、個人の刑の確定そして当選無効というような司法文化と、国民投票の有効無効を判定する場合の司法文化とは、やはり多少異なってくるんじゃないか。
 したがいまして、先ほどもちょっと申し上げましたけれども、問いかけの仕方に判定を行うような第三者的な委員会あるいは審議会、そういったものをもしも一つの方法として考えていくのであれば、そのような機関にまずこの国民投票が有効か無効か、一定の期間内に判断をさせる。そのような形で多少我が国の現在の司法文化との調整を図っていかないと、なかなかこれは制度として動かすことは大変困難が伴ってくるんじゃないかという印象を持ちました。
 最後の結論でございますけれども、いずれにしても、このような直接民主制、間接民主制というような分け方の問題、さらには技術的な問題、このいずれにおきましても、国民投票制度というのをあらかじめ一つの制度としてしっかり検討をして、先につくっておくことが我々にとって必要ではないかという印象をこの派遣団の視察の中から受けた次第でございます。
 以上でございます。
    〔委員長退席、保岡委員長代理着席〕

発言情報

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発言者: 葉梨康弘

speaker_id: 24180

日付: 2006-02-23

院: 衆議院

会議名: 日本国憲法に関する調査特別委員会