笠井亮の発言 (日本国憲法に関する調査特別委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○笠井委員 日本共産党の笠井亮です。
 委員長初め調査団、同行の皆さんには大変お世話になりました。ありがとうございました。
 今回のこの調査に参加しまして、各国の制度、考え方、問題点をつぶさに聞くことができました。感想を三点述べたいと思います。
 第一は、各国の憲法とともに、国民投票に対する考え方、またその制度のあり方や運用の実際も、それぞれの国の歴史や文化、政治的経験を踏まえてさまざまであるということ、各国がそれぞれ歴史の苦い教訓を忘れておらず、国民投票制度を慎重に扱っているということでありました。
 オーストリアでは、私自身も、コール国民議会議長が、同国の国民投票をめぐっては一九三八年のナチス・ドイツによるオーストリア併合に当たっての不正な国民投票という体験があることを述べられたのが印象に残っております。ヒトラーのデマ宣伝と強引な手法の結果、九九%の賛成で併合が決まった、この痛苦の経験を受けとめました。
 スペインでは、第二次大戦に先立つ一九三六年から三九年までの内戦の中で、不幸にも国が二分された。先ほど来ゲラ委員長の話が紹介されておりますけれども、とりわけフランコ政権時代の経験も踏まえて、私は、クロサ政治憲法研究所次長が国民投票の実施に当たっては国民の合意と異なる政党間の合意があるかどうかを非常に大切にしていると繰り返し強調されていたことが印象に残りました。
 フランスでは、ナポレオンがみずからとその統治を正当化するための人気投票、信任投票として国民投票を利用してきた。ウィヨン法務委員長は、国民投票がこのような利用の仕方をされたために、フランスにおいてはその後国民投票というものの信頼性が大きく失われてしまうこととなったと述べていました。戦後も、ドゴールがみずからの政治基盤を強化するために人気投票的な国民投票を乱発してきたということを直接聞くことができました。
 訪問した国はそれぞれの経験を踏まえて、国民投票についてはさまざまな教訓を引き出しながら模索や試行錯誤を重ねているということをつかむことができました。そういう意味では、あちらの制度、どの国でどういう制度や経験がある、あるいはその部分だけを切り取ってきて、単純に日本に持ってきてまねをするようなことは厳に戒めなければいけないということだと思っております。
 第二に確認できましたのは、訪問した国々では、憲法の基本原則を変更するような改正は行っていない。各国は国の基本的価値を非常に大事にしていて、人権、自由、民主主義など基本的な価値を変えてしまうような憲法改正はそもそも想定していないということでありました。日本国憲法でいえば、最大の基本的価値の一つである九条や前文の平和主義をひっくり返すような改正はあり得ないということを強く感じました。
 スロバキアでは大統領の直接選挙制やEU加盟に関する憲法改正、オーストリアでは政策課題の国民投票のみで憲法改正は行われていない。スペインは一九七八年の現憲法制定後は一度も憲法改正は行われていない。フランスは大統領の任期を七年から五年に短縮するなどであります。スイスは、日本では法律に該当するものも憲法に規定されていることから、毎年のように憲法改正がなされておりますが、改憲の項目はまさに法律事項に該当するようなものばかりで、基本原則、基本的価値を変更するような改正は行っていないということもありました。
 翻って、日本で行われている改憲論議は、前文から平和のうちに生存する権利、いわゆる平和的生存権を取り去り、恒久平和の原則を定めた九条を変えて、自衛軍を保持し、海外で武力行使を可能にする改憲案を自由民主党が党大会で決定するなど、まさに日本国憲法の最も重要な基本原則、哲学そのもの、国の基本的価値を変えようとするものだと思います。ある憲法学者は、憲法九十六条は現憲法を否定するような憲法の変更を改正として予定はしていないと指摘しておりますが、私は向こうに行ってみて改めてこうした批判は当然であるというふうに受けとめました。
 訪問した国々が自国の憲法の基本原則を大切にしていること、また、今日、憲法九条が国際的にも大きな注目を集めるという時代状況の中で、日本でなされている改憲論議は、随分世界の流れ、常識から見ても外れているといいますか、逆らっているなという印象を持ちました、確信を持ちました。そして、九条改憲のための国民投票法案は必要ないということを改めて確認した次第であります。
 第三に申し上げたいのは、日本で行われている国民投票運動やメディア報道に対する規制の論議が、訪問国からはある意味奇異な印象といいますか、違和感を持って受けとめられているのではないかということでありました。
 さきの特別国会では公選法程度の規制は必要との御意見もあり、また、これまでに公表されている憲法調査推進議員連盟や与党の国民投票法案を拝見しましても、公選法の枠組みを基本としております。しかし、日本の公職選挙法は選挙運動についてさまざまな制約があり、がんじがらめで自由な活動ができないものとなっている。訪問した国々では、どの国で質問しても、メディアや運動規制ということについては基本的にあり得ないという答えが返ってきました。戸別訪問を初めとして、選挙運動、政治活動などは基本的に自由であり、国民投票における投票運動なども自由に行われている。それらの活動と国民投票運動との関係でも規制などは問題とならないということで、日本とはその基本的な哲学を異にしているようでありました。
 例えばオーストリアのフォーグル内務省第三総局長は、我が国においてはそもそも選挙運動に対する規制がない、唯一あるとすれば、刑法でナチズムに関する広告を選挙期間中にすることが禁止されていることぐらいだと述べておりました。訪問した国々の方々は、こうしたことを、この規制ということについてですね、問題にしていることに戸惑いを見せる場面も少なくなかったというのが私の印象であります。
 なお、先ほどからもありますが、どこでもテレビやラジオについては、片方の一方的なキャンペーンの場にならないように公正中立を貫くということが重視されていて、フランスなどでは賛成派と反対派の発言時間が対等になるように、そういう仕組みが保障されているということで、そういう仕組みがあるということも聞いてきました。ただ、この点は放送法上の問題だなというふうに私は受けとめております。
 さきの特別国会では国民投票制度を整備することが国民主権の具体化などという主張もなされておりましたけれども、公職選挙法を初めとして、既にある法律が国民の主権行使を制限するものになっていないかどうか、このことの点検と改善こそ必要だと私は考えております。しかも、この間、日本の立川市や葛飾区でのビラ配布事件のように、国民の表現の自由、政治活動の自由を抑圧する事件が相次ぐなど、一層国民が主権を行使しにくい社会、物を言えない社会にされようとしております。こうした日本の人権状況をこそ変えるべきときだと、海外調査に参加しながら改めて感じた次第であります。
 以上であります。ありがとうございました。

発言情報

speech_id: 116404968X00220060223_012

発言者: 笠井亮

speaker_id: 27017

日付: 2006-02-23

院: 衆議院

会議名: 日本国憲法に関する調査特別委員会