笠井亮の発言 (日本国憲法に関する調査特別委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○笠井委員 日本共産党の笠井亮です。
 前回の委員会での議論も踏まえて、三つの点について述べたいと思います。
 第一に、国民投票制度の整備こそ国民主権の具体化だとする議論でありますけれども、日本国憲法制定後、国民は憲法が定めた権利を活用して、さまざまな創意や工夫を凝らしてその主権を行使してきました。いわば国民はいつも主権者であるということであります。むしろ、今問題にすべきは、今日の国民の主権行使の実態がどうなっているかということであり、その調査こそもっとすべきだと考えます。
 これまでも東京の立川市や葛飾区でのビラ配布事件などに触れてきましたけれども、最近の民放番組でも取り上げられているように、社会保険庁職員や厚生労働省職員が、休日であり、公務とは無関係なのに、ビラ配布で不当に逮捕、起訴されております。これらは、明らかに思想、良心の自由、表現の自由、政治活動の自由への侵害であります。
 こうした現状を放置するならば、国民投票法上は格別の規制を設けなくても、ほかの法律によって幾らでも国民の運動を規制できるということになりかねません。国民の主権行使が抑圧されている傾向を放置しておいて、これこそ国民主権の具体化だ、国民投票運動は原則自由だなどと言っても説得力がないと思います。結局、都合のいいときだけ国民主権を持ち出しているというそしりは免れないと思います。
 第二に、我が党などが国民投票法案に反対することがなぜ護憲なのか、なぜ国民の権利を保障したことになるかという趣旨の発言が石破委員からありましたが、その後、時間の関係で討議が打ち切られましたので、この際、一言しておきたいと思います。
 私たちが、憲法九条はもとより、現憲法の全条項を擁護する立場であることは改めて言うまでもありません。天皇問題も含めて、将来、国民の多数がみずからの主体的意思として憲法改正を望むなら、国民投票が必要となるのであり、そのときに手続法をつくればよいわけであります。今、国民の側からそういう改憲の要求が出ているわけではありません。そういう中で、政権与党である自民党の新憲法草案などが出されている改憲の動きは、憲法の平和原則の上でも、国民の諸権利の上でも、世紀を越えて時代を逆戻りさせるものであると私は見ています。そのことが明らかである以上、そのための条件づくりである国民投票法案に反対することこそ憲法擁護の立場であり、平和と自由、国民の権利を保障するものなんだということを強調したいと思います。
 第三に、これも石破委員からでしたが、国連中心主義の外交をやっていこう、地域の平和と安全に責任を持とうというなら改憲だ、こういう御議論についてであります。
 国連中心主義なら集団的自衛権の行使ができるように憲法を変えよというのは、私は全く筋違いだと思います。国連憲章第二条は、国際紛争の平和的手段による解決を求め、すべての加盟国はその国際関係において武力による威嚇または武力の行使を慎まなければならないとしております。五十一条による個別的・集団的自衛権は、安保理決定に基づく措置がとられるまでの例外的暫定的権利であり、国連の集団安全保障の哲学から見れば異質のものであります。集団的自衛権行使の実態を見ても、かつてのアメリカのベトナム侵略戦争や旧ソ連のアフガニスタン侵略など、他国への侵略の口実として使われてきたわけであります。
 今、アジアでも世界でも多くの国々が、非核、非同盟の立場から、紛争の話し合いによる平和的解決、軍事同盟によらない平和を構築しようとの努力が力強く進められ、それが国連においても大きな流れとなっております。こうしたことからも、集団的自衛権の行使を可能とする改憲など、本来の国連中心主義の外交や地域の平和と安全への責任を果たすことへの逆行でしかないことを指摘しておきたいと思います。
 日本は、国連加盟に当たって、憲法九条を持つ国として国連軍を含めて国際的な軍事活動には参加できないという留保のもとで加わったのであり、むしろ、この立場を一層発展させて、外交による平和の実現という立場で国連や地域での活動に一層積極的にかかわるべきだ、このことを強調して、発言といたします。

発言情報

speech_id: 116404968X00720060406_010

発言者: 笠井亮

speaker_id: 27017

日付: 2006-04-06

院: 衆議院

会議名: 日本国憲法に関する調査特別委員会