園田康博の発言 (日本国憲法に関する調査特別委員会)

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○園田(康)委員 民主党の園田康博でございます。
 きょうは、個別的な論点整理といいますよりは、どちらかというと憲法そのものに対する皆様方の議論というものがなされているかに伺っておりますけれども、私からもその点と個別的な論点を少しお話しさせていただきたいと思うわけであります。
 まず、国民主権という概念でございますが、もう御承知のとおりでございます、この国の最終決定権者、これは言わずと知れた国民でございます。したがって、主体的に国政に関するあるいは国の行く末を判断する最終決定権者、責任者は、国民であります。したがって、私たちは代弁者といいますか、その代表者としてこの場にいるものであるというふうに私は理解をしております。
 そういった観点から、幅広く国民の意見を問う、そういうことが当然私はなされてしかるべきであるわけでございますし、今議論になっておりました憲法改正あるいは国民投票法の是非を、公式な手続、そして公平性を持って国民の皆様方に一度問うてみたいというふうに私自身も思うわけであります。したがって、最終的に憲法改正否かどうかというものを判断するのは、やはり最終的なところにあるのは国民自身であるというふうに言わざるを得ないというふうに思っております。
 その中で、一つ年齢要件の話がございまして、民法、刑法あるいは少年法という形で、先ほど基調発言の中では公明党の方からも十八歳に年齢を引き下げるべきであるというふうな御意見をいただきました。やはり、国民主権の原理に基づくのであるならば、幅広く国民の意見を聞く機会を与えるというか、国民自身が持つべきではないかなというふうに思っております。したがって、他制度との整合性、あるいは現行の投票制度と整合性を持つということであるならば、二十ということになってしまうわけでありますけれども、しかし、その二十そのものの概念、これももう少しきちっと私は考えた方がいいのではないか。
 すなわち、時の政権あるいは時の政治判断において、これもいわば生物学的であるとかそういったことで二十という形になったものではないと私は理解をしておりまして、時に政治的な判断において年齢引き下げということを決断することが可能ではないかというふうに私は思っております。その大きな理由として幅広く国民の意見を聞く、そういう機会をやはり持って、これから考えていかなければいけないものではないかというふうに思うわけであります。
 そしてもう一つ、報道規制の観点から、余り議論になっておりませんで、私も一度議論を投げさせていただいたわけでありますけれども、スポットCMの関係で、規制をした方がいいという議論も一度ございました。しかしながら、これも、今まで我が国においてはこの経験をしていないわけでありますので、一度やってみたらいいのではないかというふうに思うわけであります。
 したがって、そこで何らかの形でこれが弊害をもたらす、あるいは公平性にこれが大変な影響を与えるということであるならば、そのときにさらに規制をかけるということを考えていけばいいのではないかなというふうに考えるわけでありまして、一度、これは規制ゼロからの観点から、報道規制も含めて、自由に闊達な議論、これもやはり国民主権の観点からいえば、幅広く国民の意見を幅広い形で問わせるという形からすれば、これも規制ゼロから考えていくということになれば、スポットCMもやはり私は認めていってもいいのではないかなというふうに思っております。不都合があれば、そのときにきちっとした議論を踏まえて、また改正、あるいは何らかの形で規制を考えるという形をとっていただきたいなというふうに思っております。
 以上でございます。

発言情報

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発言者: 園田康博

speaker_id: 31593

日付: 2006-04-06

院: 衆議院

会議名: 日本国憲法に関する調査特別委員会