田中亮太の発言 (経済産業委員会)

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○参考人(田中亮太君) それでは、よろしゅうございますか。
 私ども、今回も申し上げましたけれども、ちょうど平成十二年、十三年ごろ、これは私どもの一番景気低迷している、私どもの財政も非常に難しい時期に来ているという、そんな時期であったと思います。これに対して、私ども、ちょうどその当時、北川正恭、三重県知事時代に、正恭って言いましたが、私は仲人をしましたので申し上げますけれども、実はこういうお話ししているときのその熱から、私どももこの知事と一緒にというつもりでいろいろとお話ししている中でこの構想が出てきたというところであります。
 私どもそれに対して、これに加わっていくという決断は、やはり私どもちょうど平成六年に就任したんですが、七年から、八年ごろからです。実は公共事業、私らよく言われたんですが、歩切りや歩切りやと言われたんですけれども、五%、一〇%は下げるようにと、もうその当時からこれを期しましてやって、それに対応するようなやっぱり資金は財政調整基金、ここへ積み立てていくという形で積み上げて、それが四十八億円ぐらいまで上がっていったところです。
 こんなに積んでどうするんだと。私は、その当時に、何か私どもの発展のためにこれを是非ともつくっておきたいということが、それが一番、積み上げたときにぱっと時期が合ったというところは、私どもは幸運であった。特に、ほかのところではこんな発想を、三重県と私たち二つが共同の中でこういう発想ができたということはよかったんだな、一番幸運だったというふうに思っております。
 それから、企業の拡張関係はこれからということでは、この液晶でそれ以上に、これ以上これに頼るということは、私は今のところで充実していただくということにならざるを得ないと思います。というのは、シャープ自体、自分たちの考えたより生産の前倒し前倒しで大変でございまして、海外へ輸出の問題は、やはり港湾にもっと近いところというような考え方も示されておりますので、これに対して、出てくれという、そのインセンティブがなかなか我々では発想できないと思っておるところでございます。その中で、私どもは、これについては、ちょっと一歩、もう一つ考え変えて、何か新しいものをということで今模索をしておるところであります。
 そんなんで、私どもには道路も港湾もこういうものもございますけれども、これからさらに、それに三重県のクリスタルバレーという中でのものには、やはり四日市とかそういうところがございますから、そういうものとのつながり、もう一つそういうものを生かした産業というものを是非とも模索したいなと思っております。

発言情報

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発言者: 田中亮太

speaker_id: 21312

日付: 2007-04-17

院: 参議院

会議名: 経済産業委員会