大江守之の発言 (少子高齢社会に関する調査会)

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○参考人(大江守之君) 私は、大都市の郊外地域における高齢化問題を中心にお話をいたします。(資料映写)
 最初、ちょっと迂遠な話から始まりますけれども、我が国に限らず近代化を遂げた国というのは人口転換というのを経験しておりまして、多産多死状態から少産少死へという転換をいたしました。それが日本では大体一九二五年から五〇年の間に起きまして、その人口転換が起きた時期といいますのは多産少死といいまして、出生率が、死亡率も、高い時期があるために、この時期に非常に大きな人口がここで生まれるということがありました。それが現在の高齢化問題につながっている。日本はこの人口転換のスピードが非常に速くて、また落差が大きいということを経験したことが現在の高齢化問題にダイレクトにつながっている。つまり、半世紀以上前に起きた人口転換が現在の高齢社会の基にあるということです。ですから、それは避けられない事態であるということです。
 これはよく皆さんごらんになります合計特殊出生率のグラフですけれども、少子化問題というのは、一九八九年の一・五七ショックから今日に至るまでのところを皆さん注目されますけれども、もう一つ大きな出生率の低下がありました。これがちょうどその人口転換終わる時期の状況です。つまり、一九五〇年以前では合計特殊出生率四以上、つまり、簡単に言いますと、当時生まれた平均兄弟数が四人以上であったのが、五〇年代半ば以降は二人になるという、兄弟二人という形になりまして、大きく家族構造が変化するということが起こりました。
 これは二〇〇〇年の人口ピラミッドなんですけれども、人口転換期世代というのはこの二〇〇〇年時点で五十歳から七十五歳になっておりまして、その一番最後に団塊の世代がいるということです。そして、その次のポスト転換期世代は親子、親二人子二人という、まあ大体そういう平均的な家族構成でありましたから、ちょうどこの人口転換期世代と同じようなボリュームで子世代がいるというふうになっています。
 しかし、この人口転換期世代の親世代を見ますと、この三角形の非常に上が小さくなっている。これはもちろん死亡していることによっているんですけれども、子供四人で親二人を支える、つまりその子供の中のだれかが親を支えるという構造であったわけですね。ところが、今高齢期に入りつつあります人口転換期世代は、子供二人が親を支えるということになりまして、これは子供がいろいろ働いてどこか別の場所にいたりとか、特に地方に残った親に関して言いますと、子供が大都市に出てしまうということで、子供が親を支えるということがなかなかできなくなっている。そして、これからこのポスト転換期世代が今親になりつつあるわけですけれども、子供が少ないという、少子化をこの人たちが牽引しているわけですね。そうすると、ここも家族構造が違ってくるという形になります。
 つまり、転換期世代の人たちは、長男が田舎に残って親と同居し、それ以外は都市に出て郊外で核家族を形成したと。つまり、郊外の現在の高齢化問題というのは、この転換期世代が、非常に兄弟数が多い人たちが大量に大都市に移動して、そこで初めて核家族というものをつくって、そして郊外に居住したということに始まりがあるわけです。そして、そこで生まれ育ったポスト転換期世代の人たちは、晩婚化を進めて、今子供を産まないという少子化を推し進めている世代になっているわけです。結果として、転換期世代は高齢期に夫婦とか単独で暮らすという傾向が強まってまいります。
 これが、これ日本全国ですけれども、世帯主が六十五歳以上の世帯が家族類型別にどういうふうに変化していくかということなんですが、夫婦と、子供と、単独が非常に大きく増えていくことが示されています。
 東京圏の方に移りますと、大都市圏の代表として東京圏を取り上げますと、東京圏は現在三千四百五十万人ぐらいの人口がおります、非常に世界で一番大きい都市圏でございます。戦後一九五〇年時点では一千三百万ぐらいしかいなかったのが今は三千五百万人近くいるという、非常に大きな成長を遂げた、急速に人口が増えた大都市でございます。
 その次のグラフはちょっとややこしいので飛ばさせていただきますが、これは非常にいろんな情報が入っている面白いもので、もし時間がありましたら後半で御説明できればと思いますが、ここは飛ばさせていただきます。
 そして、皆さん御承知のように、だんだんと郊外に拡大していくということをたどったわけですけれども、最近の人口の増減を見ますと、九〇年から九五年にかけましてまだ郊外地域で人口の増加があったわけですけれども、九五年から二〇〇〇年になりますと都心部の方に人口増加の大きい地域が寄ってきまして郊外地域の方は減少になっていく。それがさらに二〇〇〇年から二〇〇五年では進むという状況になっています。
 こうした中で、我々の問題意識としては、世代交代をしない地域が出てくるんではないかということ、それはどこにどういうふうに出てくるのかということを明らかにしたいということで、世代間バランス係数という尺度をつくりまして、それで地域を評価しております。
 これは所沢ニュータウンといいまして、大規模な計画開発の戸建てと集合住宅から成る住宅団地でございますけれども、ここの母親世代の方から子供世代の、日本全体と同じように子供を産んだとしたらどれぐらい子供が生まれるかという理論値を計算して実際の子供の数と比較してそのGBIというのを出します。一九八一年時点でまだこの所沢ニュータウンが分譲を開始されたころは〇・八五というふうにほぼ全国レベルに近いという状態でございました。この世代が二〇〇〇年になりましてどうなっているかというと、GBIは〇・五五に下がるという形で、子供世代が出てしまっているということが分かります。
 このGBIという値を用いまして、これ東京圏の、この辺が二十三区でありまして、これ横浜ですね、四十キロ圏ぐらいまでのところを取り出してありますけれども、この今青く塗ってあるところが世代間のバランスが崩れているところですね、子世代が出てしまって高齢者が残っていると、そういう状況が示されているところです。そういうところは、これは国勢調査で、通勤の交通手段としてバスを利用している割合でもって示しているんですけれども、やっぱりバス利用率が高いところほど世代間バランスが崩れる傾向があるということが見て取れます。
 そして、今の所沢ニュータウンなんですけれども、空中写真で見ますとこんな状況がございまして、ここがニュータウンの範囲でございますけれども、そこのGBIを計算しますとやはり〇・六とか〇・七とかというところです。しかし、その周辺のスプロール市街地の方に行きますと一を超えているというふうに、新しい世代が入ってきているということが分かります。
 こういった分析に基づきますと、大都市郊外というのはこんなふうに整理できるんではないかと思います。
 郊外の第一世代が高齢化し、世帯の小規模化を経験しつつあると。そして、郊外第二世代は、非婚化、晩婚化、少産化、共働き等の属性によって郊外を選択しない割合が増えている。計画開発地かつアクセスの悪い場所で集中的な高齢化と世代交代の停滞が顕在化しつつある。そして、子供の少ない地域は、子育て世代が更にそこを選択しないという形で負のスパイラルが発生するおそれがある。つまり、高齢化がどんどん進み、そしてそのまま、世代交代できないままに停滞していくというおそれが出てきているわけです。
 そうした状況に対してどのような対応策があるかということで、これは本当に萌芽的なものなんですけれども、二つ御紹介します。
 一つは、高齢者グループリビングといいまして、西條さんという藤沢に長くお住まいの現在七十七歳の方がNPO法人COCO湘南というのをつくられて、COCO湘南台、COCOありま、COCOたかくらと、三つの今グループリビングをつくっています。
 グループリビングは、高齢者の住まいの中で支援型の住まい方というふうに考えることができます。それは、高齢者住宅でもない、高齢者施設でもなくて、高齢者の居住ユニットを持ち、そして共同生活空間を持つんですけれども、そこを施設的に施設管理者が管理するのではなくて、コミュニティーの中から食事を作る人や生活支援をしてくれる人のサービスを購入して、そして生活を成り立たせるという、そういう形の地域支援を掘り起こして生活していくという、そういうスタイルです。ですから、これは、単に高齢者が安心して暮らせるということだけではなくて、地域の中の新たな社会資源の発掘と育成ということを同時に達成する、そういうモデルでございます。
 今この仕組みは、西條さんたちの先駆的な活動が認められて、日本自転車振興会の補助制度になっていて、毎年四件程度のグループリビングが全国にできつつあります。この写真はその二号目のCOCOありまというところなんですけれども、こんなことでございます。最後のところは、これはクリスマス会で、地域の人たちが集まってクリスマスをやって楽しんでいるというところですね。
 それから、最後のところですけれども、コミュニティーの拠点づくりということで、これは横浜市の戸塚区にございますドリームハイツという約二千三百戸の分譲の集合住宅の団地でございます。
 一九七〇年代の初頭に開発されまして、空中写真で見るとこんな状況なんですけれども、このスライドにありますように、一番その左の一九八〇年ごろは親と子供から成る本当に核家族がたくさん住んでいるという状況が見て取れますけれども、だんだんと子供たちが独立して出ていって高齢者だけが残る傾向にあります。最初、高齢者の割合というのは本当に数%しかなかったんですけれども、二〇一五年には五〇%ぐらいになってしまうんではないかという推計も考えられると、そういう推計を出しております。
 ここは、元々、非常に立地条件の悪いところであったために、幼稚園とか保育園も十分にございませんで、そこに住み始めたお母さんたちが自主保育のグループをつくって活動していたんですね。そういうつながりをベースにしながら、一九九〇年代になってからドリーム地域給食の会という配食サービスの活動を立ち上げ、それからふれあいドリームという現在NPOになっていて介護保険事業者になっていますけれども、そういった活動が始まり、それから高齢者サロンとしていこいの家夢ーみんという、このマンションの一住戸を買い取って、有志でですね、そして今NPOになって高齢者サロンを運営しているという形の活動がありました。
 そして、二〇〇五年から、この人たちが集まって、ふらっとステーション・ドリームという町のつながりをつくる拠点を今つくりつつあります。これは横浜市の協働の推進のモデル事業にも選ばれておりまして、中田市長も先日いらして、こういった活動をもっと積極的に横浜市全体に展開していきたいというふうにおっしゃっています。中身としては、サロンとしていつでもふらっと寄れるカフェがあって、お茶とかそれからお昼御飯を出しています。
 それから、カレッジの活動として、主に介護予防に関するいろんな知識とか体験ができる、そういうプログラムをつくって活動しています。
 三番目に、情報・相談センターということで、いろんな困り事をここで相談できると、そういう機能を持っています。
 そして四番目に、ここで演奏会をやったり、あるいは小箱ショップの中で自分たちで作ったものを売ったり、それから壁を使ってギャラリーとして使ったりということで自己実現をそれぞれしながら楽しもうという、そういう活動を支援していこうということでやっています。
 ここも、やはり地域における社会資源を掘り出して、そしてつながりを付けていくという場でやっておりまして、それが今少しずつ実現しつつある。
 こういった活動を衰退しつつある郊外地域においてもこれから進めていくことによって、単に高齢化し若い人がいなくなるからといってそれでその地域が弱ってしまうんだということでなくて、そこをもう一度自分たちの力でつくり変えていこうと、そういう活動でありまして、こういったことを郊外地域の心ある人たちがここで学びながら自分たちのところでも試していく、そういう地域社会をつくっていけたらいいのではないかというふうに考えております。
 以上です。

発言情報

speech_id: 116614534X00420070425_006

発言者: 大江守之

speaker_id: 10902

日付: 2007-04-25

院: 参議院

会議名: 少子高齢社会に関する調査会