山本順三の発言 (日本国憲法に関する調査特別委員会)
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○山本順三君 自民党の山本順三でございます。
国民投票法案に関連してのこのような質疑をさせていただくことを大変光栄に存じておるところであります。また、先ほど佐藤議員からもお話ありましたが、連日の審議の中、発議者の皆さん方、本当に丁寧に、また内容の濃い答弁をいただいておりますことを心から敬意を表したいと、このように思う次第であります。
さて、四月の二十五日の日に、御案内のとおり日本国憲法施行六十周年の記念式が執り行われました。ハンカチの木という木が植樹をされました。このときに三権の長が集まって、そして日本国憲法の今日まで果たしてきた役割等々についての評価を高くされておったことを私どもも印象深く伺ったわけでありますけれども、ちょうどその前日でありますが、自民党主催によりまして、九段会館におきまして、新憲法制定推進の集いというのも行われました。そして、安倍総裁を始め自民党のお歴々から、憲法改正に向けてのあるべき姿とでも言いましょうか、あるいは国家観とでも言いましょうか、そういった議論がなされたわけであります。
安倍総理も、党首討論等々でもお話がございますし、その場でもお話をされておりましたけれども、何といっても、占領下で英文で起草された、そういう憲法から自主憲法へというのは私どもの言わば願いでもありましょうし、一方で、時代の新しい展開に向けて新たな価値観というものを憲法に植え付けていかなければならない。例えば環境権であるとかプライバシー権であるとか、そういったものを憲法に新たに加えていくということも非常に重要な観点でもあろうし、また一方、現状にそぐわない条項、例えば憲法九条二項であったり、あるいは憲法八十九条であったり、そういった文言についても、これまた条文の修正というものもしていかなければならない。
いずれにしても、これから新しい時代、還暦を迎えた日本国でありますけれども、新しい国の形をつくっていくための憲法というものを我々は、これ自信を持って作り上げていく、そういう気概を持たなければならないということを私は個人的にその会合に出て改めて感じたようなところであります。
そうなってまいりますと、やはり憲法九十六条に国民投票の話が出ておりながらにして国民投票法案というものが審議されてこなかったということは極めて残念でありますけれども、これ、衆議院あるいは参議院において憲法調査会ができ、そして先般、衆議院において憲法調査特別委員会で法案が通過して本会議でも通過をいたしまして参議院に送られてきた、こういうふうな経緯があるわけでございます。
そこで、もうこれ審議もかなり煮詰まってきておるように私は思っておるわけでありますけれども、その中で、参考人質疑、あるいはまた地方公聴会というのを行ったわけでありますけれども、そのときに出た議論、この委員会で出ている議論と同じような議論も出ておりますし、また新たな観点からの議論も出ておりますけれども、そこで起こった議論をベースにしながら、若干の重複を避けることなくお伺いしたい、このように思いますので、ひとつよろしくお願い申し上げたいと思います。
まず、国民投票法案制定の意義なんですけれども、実はこんな意見がありました。憲法九十六条に国民投票の規定があるにもかかわらず、国民投票法の制定がなされず、具体的ルールが憲法施行後六十年間、一切なかったことは立法不作為による憲法違反であるとの主張がなされているけれども、しかしこのような手続法は憲法改正の発議がなされるときに存在すればよく、現実問題としてこの手続法がなかったからといって国民に何の不利益が生じたわけでもないとか、あるいは同様の意見でありますけれども、国民投票法案の制定が長期間にわたって放置されたのは、現行憲法に対する国民の支持が圧倒的に強く、憲法改正の具体的な前提となる国民投票法案を論じたり提案することすらできなかったということであって、立法不作為による違憲を論じるのは的外れであると、こういう意見が出てまいりました。
私は、この意見というのは憲法というものを、冒頭申し上げましたけれども、真正面からとらえてない、そういう視点で語られたのではないだろうかとつくづくと感じますけれども、是非、質問を始めるに当たりまして、この六十年間、九十六条に明文化されておる国民投票法案というものが制定されなかった理由、そして今制定の必要性、これのことについて発議者としてどういうふうにお考えか、改めてお聞かせ願いたいと思います。