見目政隆の発言 (厚生労働委員会臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案審査小委員会)

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○見目参考人 おはようございます。
 本日は、このような場にお招きいただきまして、まことにありがとうございます。
 こういう場に出るのは初めてのことで、上がってしまってはいけませんので一応原稿を持ってきましたので、それを読ませていただきます。よろしくお願いいたします。
 私は二人の子供を持つ父親であります。今は、仕事の傍ら、臓器移植患者団体連絡会の幹事として、法改正の実現に向けて活動しております。
 さて、今から十年以上前、日本では助けるすべのなかった小学六年生の息子に心臓移植を受けさせたい一心で、私は会社を休職し、一家四人でアメリカに渡りました。幸い息子は、渡航して一週間後にドナーの方があらわれて移植を受け、五年間にわたる闘病生活から解放されました。そして、やっと普通の生活が送れるようになったやさき、今度は、一緒に連れていった小学校三年生の娘が現地で息子と同じ病気を発病し、私たちは再び窮地に陥りました。向こうの病院では、目の前で起こった出来事に大変な騒ぎとなりました。
 私たちは日本人ですから、そう簡単に向こうで移植を受けることはできません。上の息子は、心臓移植を受けるために渡航しましたので、その準備のもとに向こうに行きましたが、向こうで発病してしまった娘はその手だてがありません。そのために、向こうの病院でも大変な尽力をしていただき、最終的には、娘も同じように向こうの地で移植を受けることができました。そして、ようやく一年後に日本に戻りました。
 日本に戻った私たちのもとに、しばらくして、ドナーの二つの御家族、私どもは息子と娘と両方とも移植をしておりますから、二つの家族からコーディネーターを介して手紙が届きました。そこには、亡くなった自分の子供がどういう子だったのか、どうして亡くなったのかなどがいろいろ書かれておりました。中には自分の家族の構成なども書かれておりました。そして最後に、自分の大切な子供は亡くなってしまったけれども、臓器を受け取ったあなたの子供は元気に生きてほしいという思いが込められて書かれておりました。
 もちろん、私たちもそれに対して感謝の手紙を出しました。しかし、それでも、実は私は、自分たちが日本人であるということだけは書けませんでした。とても申しわけなくて書くことができないのです。彼らは、愛する子供の一部がどこかで生きていてほしいと思って臓器を提供したのだと思います。しかし、その臓器がはるか遠いよその国へ行ってしまったということは、とても想像できないことだったのではないかと思うんです。
 そして、私は思いました。私と私の家族にとってはどうしようもなくてアメリカに行くしかありませんでしたが、一つの国として見た場合、こんなことを続けていてはいけない、相手の国に対して大変失礼なことをしているんじゃないかと思ったわけです。そして、そのために何とかして法改正を実現しなければならないというふうに思った次第です。
 そして、いろいろなことをやりました。もちろんドナーカードを配布したりということもしました。私自身は、近くに郵便局がありますので、そこにドナーカードを置いていただいたりとか、そういう活動もしました。今でも時折、そこにカードを補充に行ったりはしております。しかし、御承知のように臓器移植はなかなか進みません。
 やはり法改正をするしかないだろう、こう思いまして、患者団体として、法改正のための署名をしようということが何度もありました。私は、自分の知人に、あらゆるところに手紙を書いて、毎回一万人以上の署名を集めました。我が家一軒だけで一万人以上集めるわけです。それを何回もやって、国会請願も何度もやりました。しかし、やってみた結果、これではらちが明かないということがわかりました。
 ある議員から言われました。法改正は難しい、要は、日本の機運が高まっていない、世論が高まっていないということでした。しかし、このことで世論を高めるのは至難のわざです。御承知のように、時折、渡航移植のニュースが出ますが、それは断片的なものであって、世論を高めるまでの力はありません。
 そこで、いろいろ考えた結果、そうであれば、すべての議員の方々に直接お会いしてお願いするしかないだろうと思いまして、四年ほど前からこつこつと各部屋をお訪ねして、お一人お一人面談を進めてまいりました。そして今に至っております。
 きょうお招きいただいたことで、この法律改正について、私は二つのことをお願いしたいと思って参りました。
 まずその一番目ですが、今の法律をWHOのガイドラインに沿ったA案で改正していただきたいということです。
 私たちは、脳死を人の死だと思っていない方がいらっしゃることは十分に承知しております。けれども、私たちはそういう方々に臓器を提供してくださいと言っているのではありません。提供してもよいという人もいれば、したくないという人がいても、これは当然の話だと思っております。その上で、提供してもよいと思う人から必要な人へはきちんと橋渡しができるように法律を見直していただきたいのです。
 しかし、その橋渡しの方法が現状のドナーカードに頼るという方法である限りは無理があると思っております。
 そもそも大半の皆さんは、もちろん私も含めてですが、御自分が脳死になるとは思っておりません。これはがんの方に非常に申しわけない発言で恐縮ですが、もしがんのような病気であれば、自分の先行きを案じて、時間がまだ残されていますから、自分の身辺整理をするということもできると思います。その中でカードを書くというような時間もあるかもしれません。しかし、脳死の場合にはそのような時間はほとんどありません。
 そして、もし万が一カードに御記入いただいたとしても、それをなかなか常時携帯まではしないというのがごく普通の姿だと思います。
 私がお会いした多くの国会議員の方々も、そういえばドナーカードには自分はサインしたのだ、しかしあのカードはどこへやったっけなという話が大半でした。これは異常ではなくてごく普通の話です。そして、皆さんおっしゃるんですね、そもそも財布がいっぱいだからそれがいつも入っているということはなかなか難しいんだ、これはごくごく普通の話だと思うんです。御自分が亡くなると思っていませんから、常時携帯するというのは至難のわざです。
 また、アメリカでは、免許証に自分が脳死になったときにドナーになるかどうかチェックをする欄があるというふうに聞いております。しかし、アメリカの方々にお聞きする限りでは、そういうものが実際に脳死の現場で出てくる確率は五%ほどでしかないということです。
 例えば、法改正によって日本人の全員が強制的に何かに登録をするということで、必ず本人の意思がわかるようであれば、そうであれば構わないんですが、もしそうでなければ、本人の意思がわからないときには残された御家族が判断するというWHOの指針に従うのが妥当な線なのではないかと思うんです。そしてまた、幼い子供たちについては、親が成りかわって判断するというのもこれまた自然な姿ではないかと思うんです。
 渡航移植の報道を時折目にされることはあると思いますが、残念ながら、国内で起きていることを伝えているだけにすぎません。だれだれさんが渡航移植が必要で募金をしている、莫大な費用がかかります、それが、皆さんの善意で何とかお金が集まりました、渡航ができるようになってよかったね、そして、しばらく後にその人たちが日本に帰ってきて、元気で帰ってきた、よかったねという報道がされます。つまり、日本では渡航移植というのはある種の美談で終わってしまっているわけです。
 しかし、渡航先の国の方々は、こういうことをどう思って見ているんでしょうか。ましてや、現地で移植を待っているそういう患者さんやその御家族たちはどういう思いでこういう日本を見ているんでしょうか。
 私が向こうの立場であるならば、日本からもう来ないでほしい、やめてほしいと思うと思うんです。自分の子供、自分の家族の順番が後回しにされる、下手をすると亡くなってしまうわけです。そして、その国の方々は、渡航してくる日本人のために臓器を提供しているわけではありません。彼らは自分たちの暮らすその社会のために臓器を提供しているのです。そこに日本人がずっと定常的に来ている、これは異常としか思えません。
 昔、イギリスに数名の日本人が渡航して心臓移植をして助けてもらいました。しかし、日本は自分の国でやろうとしなかったために、イギリスは、その後、門を閉ざしてしまいました。御承知かもしれませんが、オーストラリアは日本人の肝臓移植の人たちを数十名受け入れてくれました。しかし、そのオーストラリアも少し前にもう日本からの受け入れをやめるという話を聞きました。
 また、先般の国際移植学会とWHOが開いたイスタンブールの会議では、簡単に言えば、渡航移植をやめましょうという声明が出されたと思います。これは極めて当然のことであります。緊急避難で助けてもらうだけならば渡航移植も美談に終わるかもしれません。しかし、それが定常的に続いている状態であれば、これは日本の醜態でしかありません。恥をさらしているということです。相手の国に失礼なことをし続けているということです。
 今、日本が国際社会の中で求められているのは、臓器移植を自国でやってくださいということです。したがって、申しわけありませんが、相変わらず渡航移植の継続を前提としているようなB案、C案では、国際社会に対する日本からの責任ある回答としてはなっておりません。この現状をきちんと理解して、A案で改正していただきたい、こう思う次第でございます。
 そして、次に、お願いしたいことがもう一つございます。
 臓器移植というのは提供者とその御家族があって成り立つものでございます。したがって、そのことを国がきちんと認識し、提供していただいた御家族をたたえ、また、ケアをする制度をつくっていただきたいと思います。
 残念ながら、私たちはだれでも臓器を提供する側にも、いただく側にもなる可能性があります。患者団体では、年に一度、臓器を提供された御家族のお話を聞く機会があり、私も何人かのお話をお聞きしました。そしてわかったのは、提供された御家族は、社会に貢献するということのほかに、自分の愛した人の一部がどこかで生きていてほしい、そう思って臓器を提供されているんです。
 しかし、提供したことについては、脳死移植なのか心臓停止後の移植かには関係なく、提供してよかったと言われる人もいる一方で、提供したことを悔いている方もいらっしゃいます。こういう方々は、提供した後、周りに責められたりとか、後ろ指を指されたりとかいうことで苦しまれております。そして、その苦しんだり悩んだりしている人たちが、ケアされることもなく、そのまま放置されてしまっているのです。本当は最もたたえられるべき人であるはずなのに、提供した後のフォローが行き届いていないのです。
 提供を受けた患者は、その後、元気になり健康を取り戻していきますが、提供した側には何も残りません。臓器移植はややもすると移植を受けた側にスポットライトが当たり、その方々が注目を浴びます。しかし、本当にたたえられるべきは提供してくださった方とその御家族にあります。ここを忘れてはいけませんし、このことをきちんと国が理解し、提供された御家族をたたえ、また、傷ついた家族は支えるという仕組みが必要だと思います。それをぜひ御検討いただきたいと思うのです。
 最後に、私は臓器移植法は社会全体の保険の一つだと思っております。もちろん、保険は使わないで済むにこしたことはありません。しかし、入ったはずの保険が実際に病気になったときにはほとんど機能せず、そして、それだけではなくて、その機能しないことのツケをほかの国に負わせてしまっているということが現状でございます。
 民主主義ですから、A案に賛成されないのはもちろん自由です。しかし、そういう方も、B案、C案では、万一御自分や御自分の御家族に移植が必要になったときに困るのは明らかなことです。
 また、当然でありますが、私は日本が世界から信頼と尊敬を集める国であってほしいと思っております。しかし、臓器移植については、残念ながら、日本はひきょうな国でしかありません。やはり、国際社会の中で生きていく以上、日本も世界のルールに合わせ、WHOの指針に沿ったA案で改正していただくしかないと思います。同時に、提供された御家族が、提供したことを誇りに思えるように、国として支援体制をつくっていただきたいと思います。
 この法律は、党議拘束を外して採決になるかもしれませんが、議員の方々には、個人としての立場よりも、政治家として、国の立場で、国際社会に通用する判断をお願いしたいと思います。また、多くの方々が亡くなり続け、海外にも迷惑をかけている現状を思えば、問題をこれ以上先送りすることのないようにお願いする次第でございます。
 以上です。(拍手)

発言情報

speech_id: 116904263X00120080603_002

発言者: 見目政隆

speaker_id: 7492

日付: 2008-06-03

院: 衆議院

会議名: 厚生労働委員会臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案審査小委員会