自見庄三郎の発言 (内閣委員会)

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○自見庄三郎君 ただいま委員長から御指名をいただきました自見庄三郎でございます。
 国民新党の副代表をさせていただいておりますけれども、参議院では統一会派、民主党・新緑風会・国民新・日本という会派を組ませていただいておりまして、この参議院では四人、統一会派を含めて、衆議院では六人でございますか、少数会派でございますけれども、こういった本当に統一会派を組ませていただいた民主党さんのおかげで今日こういった質問の機会を与えていただきまして、また、委員長始め、かつて二十二年私がいさせていただきました自由民主党の皆さん方に心から厚くお礼を申し上げる次第でございます。
 さて、ただいま議題となりました地域再生法の一部を改正する法律案、また構造改革特区法の一部を改正する法律案について、今日は増田国務大臣、あるいは地域活性化担当大臣と申しますか、まさに県知事さんをされて、国務大臣をしておられる増田大臣にいろいろ質問をさせていただきたいと、こう思っております。
 地域再生と申しますか、地域の活性化と申しますか、そういった法律、もう増田大臣御存じのように、戦後いろいろな法律を作ってきたわけでございます。国破れて山河ありと、この国は六十二年前、第二次世界大戦、太平洋戦争で無条件降伏した国でございまして、御存じのように、昭和二十一年は、当時、裁判官で、絶対にやみ米を食わないと、こういう裁判官が餓死をしたということが昭和二十一年にあったわけでございまして、昭和二十一年、この日本国はまさに国破れて山河ありと。
 国家あるいは地域社会が、最低限人間が生きていくカロリーと申しますか、私は本職、医師でございますから、人間が生きていくためには食料、空気、水と、これだけあれば逆に生きていけるんでして、何もこれ、百年前、千年前に何もテレビがなくても自動車がなくてもちゃんと人間生きてきたわけですからね。しかし、その最低限のカロリーですら実は日本国が供給はできなかった、そういった大変悲惨な状態にわずか六十二年前はこの国家はあったわけでございますね。
 それから、御存じのように、昭和三十年、私は昭和二十年の十一月五日生まれでございますから、小学校三年生のころですね、それから、御存じのように、十八年間、平均一六%の経済成長率を達成した国であります。その後、今度は十六年間にわたって平均年率九%の経済成長をした国でございまして、世界の百九十二、今国連に入っている国がございますが、もう少し地域を入れれば、バチカンなどを入れれば多くの国になりますが、国連加入国百九十の中で、古今東西の歴史の中でこれほど急速な経済成長をした国家というのはもうほかにないわけでございましてね。
 また、マックス・ウェーバーという世界的な思想家がおりますが、マックス・ウェーバーの有名な本の中に、御存じ、プロテスタンティズムというのが非常に資本主義を発展させたと。この前、私はこの委員会で大田大臣にも、そのプロテスタンティズムあるいはピューリタニズムがいかに資本主義の発展に関係があるかということを少し質問させていただきましたが、マックス・ウェーバーも、極端な話、キリスト教圏じゃないと資本主義というのはもう起こり得ないんだということまで当時言ったわけでございますが、御存じのように日本国、明治以来、アジアの国がほとんど植民地になる中で、日本とタイだけが植民地じゃなかった。
 お隣の中国、今日は本当、四川省で大きな地震が起きて、この前胡錦濤国家主席がおいでになられました。昨年の十二月、小沢一郎党首が代表で民主党の国会議員も訪中されましたが、私もたまたま民主党の方から行かないかと言われました。副団長として胡錦濤国家主席と昨年の十二月、北京で会わせていただいたわけでございますが、先日、日本を十年ぶりに中国国家元首として訪日されて、お帰りになられてすぐでございました。大変お悔やみを申し上げるとともに、一万人以上の方が亡くなられたという報道を今聞いてきたわけでございますが、心からお悔やみ申し上げるとともに、まだ負傷された方もたくさんおられるわけでございますし、ひとつ本当に、日本国政府としてもできるだけの救援が、もし要請があればしたいというふうなことを、今日、岩城官房副長官もおいででございますが、その辺は本当に、いろんなことが歴史上あっても、やはり未来志向のお互いの国であると、こう思うわけでございますから、そういうことをしっかり、今日、官房副長官あるいは国務大臣もおいででございますから、お願いをしたいと思うわけでございますが。
 さて、少し話が長くなりましたが、そういった中で、日本国、どんどん発展してきたわけですね。その中に今、戦後いろいろな実は地域振興の法律というのが、御存じのようにこの五十二年間あったわけでございまして、ちょっと国会図書館から資料をいただきますと、どういう法律があったかと申しますと、まず、これは産炭地域振興臨時措置法という法律が昭和三十六年。今日は中川先生もおいででございますが、九州と北海道、筑豊炭田と、これは北海道の炭鉱。もう石炭から石油へという本当にエネルギー転換によりまして、御存じのように、エズラ・ヴォーゲルさんという学者がおられますけど、これは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を書いたハーバードの教授ですが、彼が、日本が何でこれだけうまく戦後の、アジアの中でたった一つ、百四十年前に近代化を起こして、西洋の列強の植民地にもならず、そして戦後これだけ復興してきたのかということを、アメリカの学者というのは七年に一遍、実は大臣、休みを取りまして、これがサバティカルといいまして、一年間休みを取るんですよ。その間、自由に、世界どこに行っても、研究していいんですが、日本に来まして、何で日本が高度経済成長をしたのかというその秘密を、彼は、その一つはこの石炭から石油へというエネルギー革命が実に日本はうまくいったということに実は重きを置きまして一年間研究しておられるんですね。そうしますと、世界のあらゆる先進国といいますか、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ等々の国ですね、石炭から石油へというエネルギー革命が日本ほどある意味でスムーズに、ドラスチックに行われなかったというんです。
 御存じのように、産業革命って何で起きたかといいますと、それはもう御存じのように、鉄と石炭で起きたわけですからね。どんな国だって石炭というのは非常に国の基幹産業でございますし、あらゆる近代資本主義国において、財閥というのも大体石炭から起きてきているんですよ、日本のみならず。日本だって三井、三菱、住友、古河、これ例外なく炭鉱ということで原資蓄積をしまして、それから大きくなってきたというのが常でございまして、また労働運動の方も石炭労働者というのは極めて大きな団結心があっていますから、どの国においても石炭労働組合というのは大きな力を持っていますからね。
 そういった意味で、石炭というのは非常に重要でございまして、どこの国もなかなか石炭と、石油へというそのエネルギー革命、うまくいっていないんですよ。やっぱりもう強大な、大体資本の側と申しますか、保守の側も、炭鉱業というのがございますし、労働組合でも一番、かつて強いというのは石炭労働者でございますから、なかなかここら辺に政治的に難しい、もう大臣御存じのように力学が働きまして、なかなか石炭から石油へというドラスチックな展開ができないんですよ。
 ところが、日本だけ実は石炭から石油へという実にエネルギー転換が、当時の私は通商産業省の方、あるいは政治的に非常に安定していたということが基本にあったと思いますけれども、何よりも国民が、戦争が終わってもうやはり今後は軽装備、通商国家でいきたいんだと、もう戦争は懲り懲りだ、やはり豊かになりたいと、そういった願いが強くあったということも私は基盤にあると思いますけれども。本当に、エズラ・ヴォーゲルさんが、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の著者がこれをきちっと分析していますよ。
 その結果、今日は通産省の出身の方もおられますが、実に旧産炭地、これはもう本当に疲弊したんですよ。それから、もう北海道の今、夕張市が財政再建で有名になっておりますけれども。そのために、石炭六法という法律作りまして、そして大体四十年続いたんです。四兆円のお金を入れまして、財政支出四兆円、石炭六法を作りまして産炭地域振興事業団という事業団をつくったんですよ。それで、石炭鉱害復旧事業団という二つの事業団をつくりまして、今でいえばびっくりするような話ですけれども。そして、石炭特別会計、特別会計でいろいろもめていますけれども、石炭特別会計という会計をつくりまして、大体毎年一千三百億円ぐらい、私が国会議員にならせていただいたときもございましたが、そういう産炭地域振興法がこの地域振興関係法の最初だという、少し説明が長くなりましたが、この法律があります。
 それから、工業再配置促進法、高度技術工業集積地域開発促進法、いわゆるテクノポリス法ですね。それから、地域産業の高度化に寄与する特定事業の集積の促進に関する法律、これは頭脳立地と、こう言われるわけでございますけれども。それから、これは県知事さんをしておられたからよく御存じのように、過疎地域自立促進特別措置法、過疎法ですね。それから、離島振興法、半島振興法、総合保養地域整備法、リゾート法ですね、いわゆる。それから、山村振興法、特定農山村地域における農林業等の活性化のための基盤整備の促進に関する法律、それから昨年できた企業立地促進法というのがあるようでございますが、こういったいわゆるいろいろな地域立法があるわけですね。
 今言いましたように、私は旧福岡四区、田川市、田川郡というのが三十八から五十まで選挙区でございました。当時、田中六助先生という大変な力のある先生と一年二か月だけ一緒に旧福岡四区で働かせていただきましたが、先生は一年二か月で亡くなられまして、後は本当に旧産炭地の田川市、田川郡、この産炭地域振興法という法律が本当に苦労させていただいて、一番最後、これ二〇〇一年に終わりましたが、最後まできちっと私は、何といいますか、実質的にこれを激変緩和措置千七百億円の、今は経済産業省の事務次官になっている方がちょうど石炭部長でして、一緒に、たまたま私が自民党の福岡県連会長ということもございまして、福岡県にとって一番大きな問題が石炭六法の後どうするかという問題でございましたから、下働きをさせていただいたという経験がございます。
 そして、私は、二十五年、一九七三年から国会議員をさせていただいて、一年十か月はブランクがございましたけれども、本当に地域立法というか、地域の活性化はもう難しいなというのが私の率直な感想ですよ。
 それからもう一つは、北九州市の出身でもございまして、北九州は半分が、何というんですか、選挙区でございました。そうなりますと、御存じのように、アジアで一番最初に近代溶鉱炉ができたのは我が町八幡、北九州市でございまして、鉄鋼業の発祥の地でございます。今でも新日鉄八幡製鉄がございますが、ここはもう当然、八幡に行けば鉄の城下町ですね。田川市に行けば、これはもう当然、当時三井石炭の城下町。まさに、製鉄業と石炭の城下町というところが生まれふるさと、選挙区ということもございまして、もう御存じのように、重厚長大から軽薄短小ということで、あるいは産業構造がハードからソフトへと、もろに、北九州市もかつては鉄の町、素材産業の町として栄えたわけでございますが、それがどんどんどんどん重厚長大から、産業構造が、まさにITだ、あるいはソフトだと、そういうふうに転換していくと。町も産業構造の転換せねばならない。それに少し乗り遅れたところがございまして、非常に、今でも実は北九州市というのは政令指定都市でございまして、九州じゃ二番目に大きな都市でございますけれども、人口があんまり増えない。四十年ぐらい前も人口百万でしたけれど、今でも百万ちょっと切るぐらいでして。
 それに比べて、一方の福岡市、私は大学は福岡の大学に行きましたけれども、これはもう管理中枢都市で、大した工場とかはないんですよ。ところが、飛行場がございまして、大体、県庁所在地がございまして、もう九州の今は首都みたいになっておりまして、すさまじい勢いで、実は私の学生時代、人口八十万ぐらいでございましたが、今は百五十万はおるんですよね。私は北九州市生まれでございますけれども、ちょっと七十キロ離れた福岡市に行きますと、これは、うらやましいと言ったらおかしいんですけれども、もう行くと、どんどん町に地下街ができたり発展したり。
 それから、残念なことに、日本の大企業というのはほとんど九州に支店がございますが、昔は福岡市と北九州市にちゃんと福岡支店、北九州支店とあったんですが、今どんどんどんどんもう北九州の支店がなくなりまして営業所になりまして、全部福岡に行って、大体福岡に行くと、何とか一部上場企業の名刺で九州支店長取締役という名刺を大体もらうんですよ。それぐらい、実は九州の中では一極集中が福岡になっておりまして、そのたんびに地域の活性化というのが本当に難しいものだということを私は実感として思っているわけでございまして。
 今さっき言った、たまたま十九年前、今日、石井一議員がおられますが、石井一先生が十九年前、国務大臣、国土庁長官でございまして、私がその下で政務次官をさせていただきまして、当時リゾート法を石井大臣の下で実は作らしていただいた。今さっきのリゾート法ですね。それから、土地基本法を作らしていただいたとき、一年三か月ぐらい石井大臣の下で私は政務次官をさせていただきまして、それから十七年前に実は通産政務次官をさせていただきましたから、今言った地域立法はほとんど、昔は通産省の所管かあるいは国土庁、今はもう国土交通省でございますけれども、所管でございまして、そういった意味でも法律の制定の下働きをさせていただいたこともございますし、そんなことを踏まえて今日は少し大臣に質問をさせていただきたい、こう思っています。
 一点は、地域再生法ですね。これは実にきめの細かな法律改正でございますから、今度は利子の補給をするというようなことも入っている。これはもうこれで私は立派な法律で、どんどんこういう、むしろ地域に根差した、地域の自主的意欲、まずやっぱり、お上といいますか上から、東京の人が考えてメニューを地域に押し付けても、これがなかなかうまくいかないところが過去あったわけでございまして、この頭脳立地法案に例を取れば、これは日本にシリコンバレーをつくろうという話でこれ当時作ったんですよ。テクノポリスですか、テクノポリスあるいは頭脳立地ですね。
 ところが、全国で二十六か所ぐらい実は指定、ある意味ではし過ぎまして、大体こういう地域立法というのは、もう大臣御存じのように、まず財政上の優遇措置、それから補助率のかさ上げとかあるいは補助金をやるとかそういった財政的措置、それから、もう御存じのように、金融上の、国がやる制度融資、低金利、長期の金は固定金利を課す。また、産炭地域振興法も非常に、来た工場には三十年で長期固定金利でお金を貸して、来たら企業に貸してやると、こういったことで、かなりの企業も来たんですけれども、そういう制度と、御存じのように。それから、金融上の措置とそれから税制上の措置ですね、固定資産税をまけてやるとか事業税を一定まけてやるとか等々と。大体、財政上それから税制上、金融上の優遇措置。
 近年は非常に政府の、これは私は意見が違うんでございますけれども、まあ私に言わせれば経済財政至上主義と申しますか、経済再建、財政再建至上主義、あるいは財政再建原理主義がこの国にばっこしておりまして、これがどうも全部本当に縮こまりと申しますか、どんどん縮小均衡、縮小均衡になって、この前、福田総理に予算委員会で質問させていただきましたからこれはもう繰り返しませんけれども、最近の地域立法というのはもう財政出動が余りできませんから、財政上の優遇措置というのもかなりどんどんどんどん消えていくと。その代わりとは申しませんけれども、それは当然ですが、地域のやる気といいますか、町おこし、村おこしを活性化に、そこに政府がいわゆるいろいろ地方自治体とも連携を取りつつ手を貸しましょうというような法律でございますから、私はそれでそれはそれなりに、こういった今の国の実情、それから今さっき私が言いました経済の発展の度合いを考えていくと、これはこれで立派な法律だと私は思っておりますが。
 大臣御存じのように、県知事もされましたんで、限界集落ですね、限界集落の問題でございますが、いわゆるそういった地域立法ですね、経済が発展すれば国民が幸せになるはずだと、そう思ってやってきたんですね。私は、これ一面事実だと思いますよ。やはり経済が発展し、地域で雇用ということがございますから、雇用あるいは豊かさをずっと戦後追求してきたわけですから、経済が果たす役割というのは極めて大きいんですけれどもね。
 同時に、戦後、極端な話、私も地域の市町村長さんから何度も当然企業誘致ということ、私も九州でございますからよく頼まれて、私も企業誘致をいろいろしたことがございますけれどもね。企業誘致、来れば、当然町の財政も豊かになりますし、市の財政も豊かになりますし、あるいはそこで雇用して、私の地域であれば、東京とか大阪に行かなくてもそこで一生なりわいが立つと。あるいは農地を持っている方であれば、奥さんは農業をして御主人はサラリーマンになって、兼業農家は日本の八五%でございますが、この農家所得とサラリーマン所得で、それが今、日本の戦後ずっと安定を、私は政治的、社会的安定を、中核を成してきたというふうに思っておりますけれども。
 そんな中で、いわゆる限界集落の問題ですね。これはもう大臣御存じのように、六十五歳以上の方が五〇%以上という。冠婚葬祭もできない、地域社会がもう崩壊しているというようなことを読みまして、それがもう今全国で、中国地方で二千二百七十、中国ですね、それから九州で千九百三十五、四国では千三百五十七か所あると。こういった限界集落、今大変大きな問題になっていますけれども、こういうのがあると。
 これ、沖縄県でたった十三しかないんですよ、限界集落はね。そうしますと、御存じのように、沖縄県、私も何度も行きましたけれども、沖縄県を、あそこで私も医学の研究したこともございます、何か月か泊まり込んで病気の実地調査をしたこともございますが。もう御存じのように、県民所得を考えれば、東京都の一人当たりの都民の平均所得と沖縄県の県民所得、大体二倍ですよ、東京が。沖縄県って半分なんですね。そして、沖縄県、御存じのように、もう非常に失業率の高いところでございますが、経済だけをしっかり追求してきた。
 しかし、沖縄県は、今は本当に厳しい状況にございますし、あそこで沖縄立法のためにマルチメディア特区というのをさせていただいたのは実は私でございまして、今、東京の一〇四を掛けて、一〇四で出てくるのはほとんど三分の一以上が沖縄なんですね。というのは、東京から沖縄までの光ファイバーの料金を非常に安くしておりまして、それで一〇四ということで雇用が増えておりました。私がいつか行ったときも、大手の電話会社が五百人ぐらい女性を主に雇用して一〇四の交換サービスをしたというようなことを聞きましたが。
 考えたら、これ、少し経済だけ優先しておけば地域が活性化するということで、多分今までの、それはもう経済の復興ということで大ごとでございますけれども、簡単な話じゃございません。
 しかしながら、そういったことを考えると、一番限界集落は沖縄県にいっぱいあっていいはずだと思うんでございますけれども、沖縄県には、あに図らんや十三しかないと。むしろ中国地方には二千二百七十もある、我が九州でも千九百三十五もある、東北地方何ぼあるか、今日はもう言いませんけれども、大臣が県知事さんをしておられた東北地方でも限界集落というのは非常に多いだろうと、こう思うんですがね。
 これでいわゆる、市場原理主義とは申しませんけれども、経済優位、経済だけで地域活性化というのを図ってくることが少し私は壁にぶつかっているんじゃないかということを、まあ私も二十五年間こんなことをおかげさまでさせていただきまして、そのことを痛切に思うんですよ。
 地域社会が崩壊するということが、経済だけで図られなくて、やはり非常に人間の営みと申しますか、例えば都市に今御存じのように大手の全国的な規模のスーパーマーケット、スーパーが来ますと、都市が空洞化する、商店街がシャッター街になると。
 そうすると、もうお年寄りで、これはフードデザートという言葉があるそうでございますが、東京工業大学の藤井教授に聞いた言葉でございますが、要するに大手の、大資本がある町に来まして、大手は何百億と投資をしますから、郊外に巨大な駐車場と巨大なモールといいますか、こういうのを造って、これ日本では非常に都市計画も問題があるようでございますが、大きな工場がなくなった後すぐ準工業地帯になって、そこに大きなどんと東京から中央資本が来て、大店舗法という法律が昔ございましたが、これも御存じのように規制緩和されまして、どんどんどんどん、規制緩和したときの通産政務次官は私でしたから、私にも責任があるんでございますが、非常にあるんでございますが。
 率直に言えば、あのとき、一にアメリカの圧力、二にアメリカの圧力、三、四がなくて五にアメリカの圧力でしたよ。当時、日米貿易摩擦が、非常に日本の方が黒字でして、すさまじいアメリカから圧力が掛かってきまして、しかし中尾通産大臣と私と国会で答弁しましたけれども、そんなことは一言も言わずに、まあよく知っていますけれども、全部日本の昭和十七年以来の規制行政から、初めて小売業を振興行政にしますとか何とかかんとか一生懸命国会答弁させていただきましたけれどもね。だから、そういうことで私にも政治家としての責任はあると、こう思っていますけれどもね。
 そうすると、もう高齢者のおじいちゃん、おばあちゃんは車を運転できませんから。東京の資本はまた引き揚げるんですよ、すぐ。ある一定やって余り利益が上がらないと引き揚げていっている。
 例えば、福岡県の甘木市で、こういう自分で非常に手作りのスーパーというか、地域の要望で商店をやっている人がいるんですよ。その人に聞いたら、大手二つとうとう町中のスーパー引き揚げたと言うんです。だから、町の中がもう全く砂漠状態みたいになっていて、昔は八百屋さんとか魚屋さんとかいろいろあったんだけれども、全部そういうのも大手のスーパーが来て倒産しちゃったと言う。その後に引き揚げちゃったもので、もう本当に砂漠みたいになりまして、それで自分が結局そのスーパーを赤字覚悟で造った、商店をね。
 そうすると、地域の農家のおばあちゃんが、例えば大手のスーパーなら、大臣、朝八時までにキャベツを何十個持ってこい、それが条件なんですね。それができなければ、もうおたくは知りませんと。当然そのキャベツを朝八時まで、それは三百個なら三百個きちっと持ってきたら買ってやると言うんですね。そうしたら、それは、そうなると、どこか遠いところ、大規模な農家あるいは市場から、それはトラックで高速道路を通って、ガソリン使って炭酸ガスをまき散らかしてくるしかないですよ。
 ところが、その経営者ですけれども、まあおばあちゃんですから、一畝キャベツ作っている、あと二畝キャベツ作ってくれて、できたら何も八時に納めぬでいいと、まあ十時でも十一時でも、おばあちゃん、できたときに持ってきなさいと言うと、物すごい喜ばれると言うんですよ、その時間。そうしたら、おばあちゃんも収入が、年金が減っているので、その近くのスーパーで買ってくれますからね、その地域の方が。地域の方も助かっている。そして、おじいちゃん、おばあちゃんもみんな買物に来れて、それは少々品質は、何も大手のスーパーのきちっと一定じゃないけれども、まさに地産地消なんですね。その地域で取れたキャベツを持ってきて売れるわけですし、農家をしているおばあちゃんも収入が増える、そしてうまく今いっているという話を、実はその社長さんたち、二十年来の友達ですし、今さっき言った東京工大の藤井教授もそのことには非常に、本当に大手のスーパーと行き過ぎたモータリゼーションといいますか、そのことが実は地域社会を崩壊しているんじゃないかという仮説を持った立派な新進気鋭の東京工大の教授でございますけれども。
 そんなことを含めて見ると、やはり私は、今大きく、何か経済優先第一主義でどんどん来たんだけど、そこでもう振り返ってみるべき時期じゃないかなということを実は、経済って当たり前ですけど人間の幸せに奉仕するものでしょう。経済それだけが目的になって、金もうけだけが目的になると、それがどんどんどんどん逆に今はもう地域社会を壊していく、お年寄りを不安にしていくという、そのことをやっぱりきちっと、政治というのは人の幸せのためにあるんですから、私はそういうふうに感じるんですが。
 少し質問が長くなりましたけど、大臣が県知事もされて、地域の一番活性化に御造詣をお持ちだと大変深く私は尊敬しておりますし、そういったことを含めて、たまたま今は内閣の地域の活性化の大臣になられたわけでございますけれども、やはりより総合的な取組が必要じゃないかという質問でございますけれども、どうぞ御答弁を。

発言情報

speech_id: 116914889X01220080513_005

発言者: 自見庄三郎

speaker_id: 4656

日付: 2008-05-13

院: 参議院

会議名: 内閣委員会