自見庄三郎の発言 (内閣委員会)

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○自見庄三郎君 地域社会、コミュニティーと今大臣何度も言われましたね。私も実はそこが今のやっぱり社会の混迷のポイントじゃないかというふうに思っておりまして、今も限界集落の話をいたしましたが、例えば、日本というのは大臣御存じのように、もう二千年近く前、この前上野の博物館に行きましたら、薬師寺の日光・月光両菩薩というのを私見てきましたよ。これも千二百年前にあんな、仏教伝来、百五十年のときにもうあんなにすばらしい仏像を作ったんですね、我が日本人は。そして、今さっき言いましたように、そういうすばらしい美意識を持っていますし、今年は源氏物語が書かれて千年だと思いますけれども、ああいう世界で最も立派な小説を、紫式部という天才だったんだろうと思いますけれども、すばらしい物語を作ったのは日本人なんですよ。
 私は時々申し上げるんですけれども、日本人というのは、まあ十二月二十四日何しますか。大体クリスマスでしょう。メリークリスマス、ハッピー、そうでしょう。大体クリスマスプレゼントを、私の子供のころなんかは靴下を置いていましたよ。朝起きたらやっぱりあれに何か入っておったらうれしいですよ。サンタクロース本当に煙突から来るのかなと。しかし同時に、どうもあれは親らしいということをだんだん年取って、子供も大きくなりまして気が付いてくるとだんだんびりびりっとした喜びがなくなるんですけど、まあ十二月二十四日はメリークリスマスですよ。中川先生なんかも多分昔は札幌ですっかりメリークリスマスで飲んで回ったんじゃないかと、こう思うんですけどね。大体そういう時期ですね。
 それから、十二月の三十一日になると日本人ってどうですか。大体普通の日本人は紅白歌合戦見た後、あのお寺の鐘がゴーンと鳴るのを聞くんですよ、百八つ、煩悩だといってね、ああもう今年も終わりだなと。
 で、何しますか、一月一日になったら。委員長、どうします、大体お宮参りでしょう。茨城県にもいろいろ有名な神社がありますね。パンパンとやって、去年はいろいろあったけど、一年、今年はいいことあるよといって、みんな大体。一月一日にお寺に行く人はいないね、余り。一月一日はやっぱり神社に行きますよ。たった一週間で仏教、神道、キリスト教、全部入っているんですよ。
 私は、西洋人からしたら、日本人は宗教的な、何というか統一性がないというか、ということを言う人もいますけど、私はむしろそうでなくて、日本人というのは実に強靱な胃袋を持っていますね。たった一週間の間に、キリスト教徒も仏教徒も神道もみんな、食ってしまうといったら悪いけど、それをそしゃくしてしまう、それが私はやっぱり日本文化の非常に弾力的でいいところだと思いますよ、私は率直に言って。ですから、逆に言うと、たったわずか十五年間で明治維新ができたんですね。あるいは、心は日本人であっても、もうぱっと近代資本主義国家でもある意味でできたんです。しかし、やっぱり日本人としての精神、魂は忘れないと。
 私は子供のころに思っていましたよ。大人は大体昼間会社で働いてくるでしょう、工場で働いてくるでしょう、夜になったら大体、まあ中川先生たちや私のおやじぐらいの時代は夜になったら大体みんな着物着て、ぴっと帯締めて、奥さんの御飯食べながら一杯飲んでいましたよ。昼間は西洋人といったら悪いけど、夜は日本人と。それが日本の社会で実に何も不思議でなくて、びしっと応用力といいますか、強靱な胃袋でやっぱり日本人ってそれをそしゃくしてきたんですよ、ある意味で。ですから、ハンチントンが言う第八の文明だと。日本はまた世界の中で独特な文化をつくっていると。何も狭量なのぼせ上がった文化論を言う気はありませんけど、やっぱりそこは大事に私はしていくだと思いますよ。
 今大事なのはそのコミュニティー、地域社会、日本人と日本人のつながり、これは実に源氏物語以来、人間関係、実にもう非常に微細なことがありまして、私もしばらくアメリカの大学の先生していましたけど、ずっと日本の方が立派な国ですよ。ある意味で過ごしにくい。それはもう人間関係が実に繊細で、まあ言わなくても分かることがあるだろう、黙って座ればぴたりと当たるじゃないけど、日本人ってやっぱり共通の文化、価値観が日本人の中に住んでいますよ。
 極端な話、私は言うんですけれども、大体昔の企業というのは、今は成果主義だとか何とかお互い競争させるけれども、大体会社の課長さんというのは、どうですか、先生、何か結婚式にといったら課長さんが大体仲人ですよ。うちの子供が何か病気になったときとかいったら、大体課長に頼みに行ったら、いや、どこかおれが頼んでやるとか言って、私なんか医者ですけど、国会議員を二十三年させていただいていればよくそんな人が頼まれましたよ、うちの会社の部下が何か病気だといって、自見さん、どこかいいところ紹介してくれぬかとかね。昔の、ある意味で、だから役所でもそうですよ。この自治省でも通産省でも何とか、それこそ産炭地域振興課の課長さんというのは、まあ産炭地域振興村の村長さんだったな、何か丸抱えだよ、はっきり言えば。逆にそういう文化のときの方がある意味で日本の企業って強かったんじゃないですか、私に言わせれば。もう本当にどっぷり日本的な企業であったときの方がむしろアメリカのタイムズスクエアまで買いに行ったような勢いがあってね。
 それから、少し停滞の十五年間。日本人が自信をなくした、透明さが足りない、コンプライアンスが足らないとか何とかかんとか難しい片仮名の言葉がいっぱい来ますけれども、それで何か自信なくして、コンプライアンスが何とかだかんとかだ、成果主義だ何とかかんとかといって、何かたちまち日本がGDPで一九九六年は世界一、だあっと十八番目ですよ。
 私は、そのポイントは、日本の文化が何かということを踏まえて、日本の文化に合った会社経営であり、日本の文化に合った私はやっぱりグローバリゼーションであり、日本の文化に合った地域活性化でないと、結局私は、日本人とは、空洞化して国籍が不明になって、何かもう分からないようになって、なおかつ不安になって、本当にそういう社会になるんじゃないかという、今そういう過程じゃないかというふうに率直に言って大臣、私は思いますよ。
 だから、やはり今のコミュニティーという話言われましたね。地域でも人間関係、コミュニティー、人間らしい、日本人らしい人間と人間とのつながり、いたわり、助け合い、どうもどんどんどんどんグローバリゼーションとかいって無批判に受け入れてきてそれをなくしつつあるんじゃないかと。むしろ、それでグローバリゼーション積極的に、時代の流れだから、それは何も私は一切拒否してという話じゃないんですよ、それを日本型にきちっとそしゃくしてこの日本国の中に受け入れてこないと、過去かつて日本人は皆そうしたんですよ。ですから、そのことが私は政治家として非常に必要じゃないかと、こう思うのでございます。
 そういった中で、例えば、今農村地帯に行きますと耕作地の放棄、さあもう減反で、あれ見ると私は本当に胸が痛いですよ。中川先生もそんな顔をしている。農業問題一生懸命やっておられますけど。我々でもやっぱりそうでしょう。農村に行きますと田んぼが荒れ果てて、もう減反、そして草がぼうぼう生えて、私が古いのかもしれないけど、やっぱり田んぼできちっと田を耕してやられて、我々はおばあさん、おじいさんから、米を、御飯を余したらもう罰が当たると、お百姓さんが一年間掛かって一生懸命作ったものを食って育った人間で、少々二宮金次郎的で古いのかもしれないけど、しかし、それはやっぱり日本の文化で大事なところだと思いますよ、私は。
 そのことをしっかり踏まえて、やっぱり日本の国って、それは世界の中の日本ですし、グローバリゼーションでそれはもう徹底的に、ですから私は、政治家というのは変えてはいけないところは絶対、批判されても変えてはならないんですよ。そして、変えねばならないところは徹底的に変えていかねばならないというのが、やっぱり政治家の大事な私は要諦だと思いますよ。
 ですから、耕作地の放棄あるいは森林、我々子供のころは森林ってきちっと大体整備していましたよ。私は魚釣りが好きだからよく山の中に行って、山川の渓流に行きましたけど、やっぱり日本の森林ってきちっとどこでも、三、四十年ぐらい前はきちっと森林ってしていましたね。ところが、もう今行ったら森林が荒れ放題、森林ありますね。あれ見ても、確かに森林というのは自由化以来最大に国際競争力を失った、何といいますか、林業は失ったって言われますし。しかし、また同時に、地球環境問題で非常に森林が持っている機能というのは世界的に再評価されつつありますけど、そういったところに向けて、やはりNPOに参加、耕作地のところを、今世界的にはもう食料が不足してくるわけでございますから、耕作放棄地とかあるいは全然管理がなっていない森林というのはたくさんあるわけですよね。もうあんなの見たら私は日本の恥じゃないかと思いまして、私自身非常に良心が痛むんですよ、申し訳ないと思って。今まで一生懸命国土を守ってきた御先祖さんに対して申し訳ない、そう思うのでございまして。
 ですから、そういったことを踏まえて、NPOとか、幅広い世間あるいは企業に社会的貢献として、何かそういった耕作放棄地あるいは森林の管理がいっていないところに企業の社会的貢献ということが今ございます。そういったことも含めて、是非そういったことを私は検討する必要があるんじゃないかと、こう思うわけでございますが、そのことについて国務大臣として、少しテーマが的を射ていないかもしれませんけれども、そういったこともきちっとやっていくことがやっぱり国土の保全、そしてやっぱり何か日本人を精神的に、私、あれ子供の精神教育にも良くないと思いますよ。田んぼが荒れて、それはもう減反で荒れておるんだから。それは経済のことは分かりますよ。しかし、やっぱりお百姓さんが一生懸命田を耕しているんだと、やっぱり一生懸命明治あるいは室町時代以来の森林を守っているんだと。それは田舎に行けば、殊に入会地なんか多いですからね、それらをやっぱりみんなで守っているんだと。その精神というのは、やっぱり日本人の中に脈々と養われてきたコミュニティーというかコミュニケーションというか、まさにそれこそが日本人として、あるいは日本国としてまさに国難に耐えてきた原点は、私はそこのコミュニティーにあると思うんですよ。
 そのことについて、大臣、国の役割を含めてどう思われますか。

発言情報

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発言者: 自見庄三郎

speaker_id: 4656

日付: 2008-05-13

院: 参議院

会議名: 内閣委員会