奥田安弘の発言 (法務委員会)
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○参考人(奥田安弘君) 中央大学の奥田です。本日は、このような場で話をする機会を与えていただき、ありがとうございます。
さて、今回の国籍法改正について意見を述べよということですが、改正法案は本年六月四日の最高裁判決をきっかけとしておりますので、最初にこの判決の趣旨を説明し、さらに若干の補足をしておきたいと思います。
御承知のように、我が国の国籍法は血統主義を採用しておりますが、血統主義とは親の国籍によって子供の国籍を決定することでありますが、そこで言う親とは法律上の親を意味します。すなわち、大ざっぱに申し上げますと、国籍法で言う父親や母親というのは民法上の父子関係や母子関係と連動しているとお考えいただいて結構かと存じます。
ところが、この血統主義を定めた国籍法二条一号をよく読みますと、出生のときにそういう法律上の父親又は母親が日本人であることを求めています。この「出生の時に」という箇所が非常に重要でありまして、民法によりますと、母子関係は原則として分娩の事実により成立すると解されていますが、父子関係はそういうわけにまいりません。父母が結婚している場合は、母が産んだ子は夫の子と推定され、また婚外子であっても生まれる前の認知、すなわち胎児認知があれば出生のときに法律上の父子関係が成立します。これに対して生後認知の場合は、言わば出生のときには法律上の父が存在していなかったことになるので、国籍法二条一号による国籍取得は認められない、このように解釈されております。
そこで、国籍法三条が問題となるわけです。生後認知の子供は国籍法二条一号による国籍取得は認められませんが、出生後の届出による国籍取得であれば認めてもよいのではないかという点が問題となります。ところが、現行の国籍法三条一項は、認知だけでなく父母の婚姻を求めています。すなわち、出生のときは婚外子であったわけですが、出生後に父の認知があり、かつさらに父母の婚姻もあれば子供は嫡出子になる、これを準正と呼んでおりますが、こういう準正子にだけ届出による国籍取得を認めております。
この届出による国籍取得は出生による国籍取得の血統主義を補完するものであると言われておりますが、その国籍法二条一号の方は父母の婚姻を要件としておりません。日本人母の子供は婚外子であっても日本国籍を取得しますし、また日本人父の婚外子も胎児認知があればやはり日本国籍を取得します。日本人父の婚外子であって生後認知しかなかった子供、すなわち準正子にならなかった子供に対し、届出による国籍取得さえ認めないのは行き過ぎではないか、このように最高裁判所は考えたのでしょう。さらに、社会の変化や外国の立法動向、我が国が批准した国際人権条約もあるということで、今回の違憲判決が出たものだと理解しております。
それでは、このような子供には簡易帰化の道があるではないかという疑問に対してどのように答えるか。最高裁はこの点について余り詳しい説明をしておりませんが、少し私の方から補足しておきたいと思います。
簡易帰化と言いますが、国籍法は法務大臣が帰化を許可する最低条件を定めているだけです。これは二つの意味を持っています。第一に、これらの最低条件を満たしても帰化が許可されるという保証はないということです。法務大臣は、更に様々な事情を総合的に考慮して、自由裁量により帰化を許可するかどうかを判断いたします。第二に、これらの最低条件を満たす限り、一般の外国人と日本人父の認知を受けた子供は全く同じスタートラインに立つということです。すなわち、一般の外国人は二十歳以上であり、かつ五年以上日本に住所がなければならないわけですが、これに対して、日本人父の認知を受けた子供は未成年であっても構わないし、現に日本に住所があればその期間は問わないとされています。
しかし、これらの最低条件を満たしている場合、日本人父の認知を受けた子供が一般の外国人よりも緩やかに審査をされるというようなことは、少なくとも法令上の根拠を見出すことはできません。しかも、日本に住所を有することが最低条件となっていますが、本件の第一次訴訟の子供ですが、母親とともに日本からの退去強制を求められていたわけですから、この最低条件さえも満たすのが不可能な状況であったことに注意していただきたいと存じます。すなわち、第一次訴訟の子供は住所条件という最低条件さえも満たさないわけですから、帰化の可能性はその当時はなかったということです。
次に、仮装認知の問題であります。
皆さん御関心のあるところだと思いますが、仮装認知が増えるのではないかという疑問につきましても、最高裁判決自体では余り詳しいことが述べられておりません。この点については、私はドイツの例を取り上げたいと思います。
一部の報道では、今回の国籍法改正が成立すると仮装認知が増えるおそれがあるとして、ドイツにおける今年三月の法改正を取り上げております。しかし、このドイツの法改正は国籍法の改正ではありません。国籍法の方は、相変わらずドイツ人父親による認知だけでドイツ国籍の取得を認めております。今年三月に行われたのは民法の改正でありまして、ドイツの官庁が認知無効確認の訴訟を提起できるようになった、そういう内容でございます。
すなわち、ドイツの民法では、改正前は、認知をした父親本人又は認知を受けた子供、さらに母親しか認知無効確認訴訟を提起することができなかったのです。これは法律上、明文の規定による制限です。そこで、新たに官庁もこういう訴訟を起こせるようにしたわけです。
このドイツの例は、三つの点で注意する必要があります。
第一に、ドイツは、仮装認知が増えたからといって、認知のみによる国籍取得をやめませんでした。つまり、国籍法の方は改正しなかったということです。これは、真実の認知を保護する必要があると考えたからでしょう。
第二に、ドイツでは認知無効確認の提訴権者が制限されておりますが、日本法にはこのような制限がありません。それどころか、公正証書原本不実記載などの罪により刑事裁判で有罪判決が確定した場合は、裁判所から本籍地の方に通知がなされまして、本籍地の市町村では職権によって認知の記載を抹消することになっております。
今回の国籍法改正が成立した場合は、さらに日本国籍を取得したとして戸籍が作成された子供についてもその戸籍は抹消されることになります。したがって、ドイツの三月の法改正はある意味では日本法では必要のないことであり、またある意味では仮装認知の防止と国籍取得を安易に結び付けるべきではないということを示しております。
第三に、ドイツではドイツ人父親の認知があれば自動的にドイツ国籍の取得を認めており、我が国のように更に加えて国籍取得届を出させるというようなことはしておりません。これは極めて大きな違いであります。
国籍取得届の詳細は、我が国の場合、国籍法施行規則一条や昭和五十九年の通達などに定められておりまして、これらも改正が予定されているようですが、この国籍取得届の取扱いは市町村への認知届とは大きく異なります。すなわち、届出人は必ず自分で法務局に出頭し、届出の際に届書や必要書類の点検を受けるだけでなく、いろんな質問をされた後に受付をしてもらいます。さらに、受付後も法務局の職員は届出人や関係者の自宅に赴いて事情聴取をするなどの権限が与えられています。このように慎重な手続を経て初めて国籍取得証明書が交付され、子供の戸籍をつくることができるのです。したがって、認知のみで国籍を与えるドイツと比較いたしますと、かなりハードルが高いと言えます。
さらに、届出による国籍取得は、それ以前に取得した外国国籍を喪失する可能性が高いことも指摘しておきたいと思います。例えば韓国がそうですし、恐らくフィリピンの場合もそうであろうと思われます。これらの国から見た場合、届出による日本国籍の取得は自己の意思による外国国籍の取得となるからです。
我が国の国籍法も、自己の志望による外国国籍の取得を日本国籍の喪失原因としておりまして、これと同様の規定が諸外国にもあるということです。したがって、外国人母親から生まれたことによりその国籍を取得した子供は、届出により日本国籍を新たに取得した場合、母親と同じ国籍を失うことを覚悟しなければなりません。これは国籍取得届を慎重ならしめる要因の一つとなり得ます。
ただし、ここで問題となるのは、このような届出による国籍取得が外国政府に通知されるかどうかということです。この点の実務がどのようになっているのかは私も詳しく存じませんが、仮に全く通知がなされていないのであれば、新たに通知を検討すべきではないかと思います。
少なくとも、届出によって日本国籍を取得した場合、韓国国籍は確実になくなるはずですし、恐らくフィリピン国籍もなくなるはずです。しかし、本人や関係者はこのような国籍喪失を自覚していないおそれがあるので、国籍取得届の際に十分に説明するとともに、本人が自発的にパスポートなどを返還しない場合に備えて我が国から相手国政府に通知をするということが望ましいように思います。
それでは、国籍法改正法案自体を見ていきたいと思いますが、父母の婚姻要件を除いて、単に認知があれば届出による国籍取得ができることになっています。このように改正法案が父母の婚姻要件を除いただけにしたのは、もちろん最高裁判決を慎重に検討した結果であろうと思います。父母の婚姻要件に代えて他の追加的な要件を設ける可能性は確かに最高裁判決でも否定されておりません。しかし、判決は「合理的な選択肢の存在の可能性」と述べておりまして、追加的な要件が合理性を有すること、すなわち合憲の範囲内であることを求めております。そして、判決自体は何が合理的な選択肢であるかを示しておりません。
恐らく、父母の婚姻要件を除いたその他の現行法上の要件、すなわち二十歳未満であること、父親が子供の出生のときだけでなく届出のときも日本国民であること、さらに法務大臣への届出、これらの要件で足りると考えたように思います。そして法案の起草者も、合憲の範囲内で考え得る追加的な要件、すなわち新たな差別を生み出さないような要件は見当たらないと考えたからこそ父母の婚姻要件のみを除いた法案を提出したのだと思います。
次に、罰則については私の専門外のことでありますので、コメントを差し控えさせていただきます。
さらに、経過規定につきましても、これこそ立法者の裁量の範囲内に属することですから余り多くのコメントはいたしませんが、かつて尊属殺違憲判決の際にも、恩赦により減刑や刑の執行免除がなされたことが思い起こされます。そのような意味では、今回の国籍法改正や経過規定によっても救済されない人々、すなわち、経過規定はかなり広いですが、それでもなお、国籍取得届が出せたはずであったのに父母の婚姻要件があるためそれができなかった人々、こういう方々についても、帰化の審査の際には特段の配慮をするというような措置が考えられます。
誤解のないよう申し上げますと、私は帰化の制度を変えろと言っているのではありません。現行の制度の枠内で、すなわち自由裁量の範囲内でそのような配慮をするという方針を示すことにより、関係者の方々の気持ちを和らげることができるのではないかということが言いたいのです。恩赦の場合も上申書を出した人がすべて減刑や刑の免除を受けたわけではありませんので、今回の場合も必ず帰化を許可するということにはならないと思います。
以上で私の話を終わらせていただきます。
御清聴ありがとうございました。