遠山信一郎の発言 (法務委員会)
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○参考人(遠山信一郎君) お手元の陳述骨子を御覧ください。
私の肩書は日本弁護士連合会が付いておりますが、これから述べるお話は私の個人の見解でございます。
まず初めに、考え方のスタート地点は子供の基本的人権の保障にあるというところから話を進めたいと思います。
そして、本改正の憲法上の意味合いについては、基本的人権の保障の視点からすると、最高の判例もおっしゃっているように法の下の平等、そして、国籍を取得する権利というものも、国籍自体が人の生存にかかわるものだと考えますと、憲法上も保障されているのではないかというふうに考えております。視点を変えて、民主的統治機構の視点ということになりますと、これは主権者たる国民の拡大という問題になります。ここら辺が本改正の憲法上の意味合いの骨子ではないかというふうに考えております。
次に、条約上の意味合いということで、資料一と資料二を付けさせていただきました。ヒントがとても満載された条約で、私の愛読書でもあるのですが、今回は自由権規約とその延長線にある児童の権利に関する条約を付けさせていただきました。
これは、資料一の方でいきますと、自由権規約の二十四条というところに、出生による差別を受けない、そして、すべての児童は、国籍を取得する権利があるというふうにうたい込んであります。
そして、その後、我が国が批准した児童の権利に関する条約では、二条、七条、九条、十条、十八条と関連条文がございます。七条を見ていただくと、児童は、出生の後直ちに登録される、そして国籍を取得する権利を有するというような記述がございます。九条とか十条とか十八条というのは、さらに子供を父母から分離してはいけないとか家族の再統合とか、そういった事柄が書いてあるのですが、これは出生、国籍、家族というものが実は一体として有機的にとらえるものなのだということをこの条約はうたい込んであるわけですね。ですから、とても何か示唆に富む条約だなと思っておりますし、我が国は批准しておりますので、この条約との要するに調和ということも立法においては考えなくてはいけないのではないかということで、ここで御紹介させていただきました。
次に、家族法制上の意味合いというところでは、非常に言葉としてはよく使われている家族の多様化、グローバリゼーションということがよく言われます。それに対する法制的対応として考えるときに、どうも法律婚、つまり婚姻秩序の尊重に揺らぎが出ているんではないかというふうに考えております。それはどこに出てくるかというと、婚内子と婚外子とのいわゆる平等化という流れの考え方にこれは表れているんではないかと思っておりますし、今回の改正もここで一つの合流点を示すんではないかというふうに考えております。
さらに、国籍取得の要件として任意認知ということを考えたときに、ここの場面では私法としての民法とそれから公法としての国籍法が言わば交錯します。この関係どう考えるかというのも結構面白い問題なのですが、ここでは、国籍法は言わば血族主義を取っている、そして私法である特に家族法では血族集団の秩序ということを考えているという点ではセットで考えざるを得ないのかなというふうに今のところ考えております。
次に、偽装認知リスクの国家管理の手法という、ちょっと何か官僚のような題名を付けてしまいましたが、これは私が思い付く範囲でどんな管理の仕方があるのかなというリストを作っただけでございますので、どこがいい、どこが悪いということは今はちょっと差し控えさせていただきます。
事前管理ということでは、DNA鑑定というものの義務付けというのが議論の俎上に上がっているということは耳にしております。これについては、だれの費用負担で、どの業者が行って、さらにその正確性をどう担保するかというなかなか実務的に厄介な問題もあります。というふうに実務家的なセンスでは考えております。
そして、その届出の手続のところで、一定の調査、スクリーニングができないかという議論につきましては、これは十分に実務的にもいろいろな行政手続ではなされているとは思うのですが、ちょっと気になるところでいうと、過度の窓口規制にならないようには配慮しなくちゃいけないかなというのがここの私の考えでございます。
さて、事後管理の問題でいきますと、一応三つほどA、B、Cと分けて考えてみました。一つは、人事訴訟、認知無効訴訟ですね。今、奥田先生の方からドイツの話を聞いて目からうろこだったのですが、ここで問題となるのは、ちょっとマニアックな問題なのですが、日本で認知無効訴訟を公益の代表者たる検察官ができるのかしらというのが実は議論としてはあります。これは民法の七百八十六条の解釈の問題なのですが、ドイツでは、もう先走ってとは言いませんが、ドイツではそういった公の方で認知無効の訴訟が提起できるということになっているのを聞いて、非常に勉強になりました。
この認知無効訴訟ということになりますと、その訴訟の空間の中でDNA鑑定というものが登場してくると思います。さらに、刑事処罰ということで刑事訴追をするということになりますと、捜査方法若しくは刑事訴訟内での証拠としてのDNA鑑定というのがクローズアップされるというふうに考えております。
ちょっと私の考えでは、先ほど言いました事前管理でのDNA鑑定とそれから民事訴訟、刑事訴訟で登場してくるDNA鑑定はかなり質が違うものだと考えております。なぜならば、民事訴訟、刑事訴訟の空間でのそのDNA鑑定は法的なバックアップがしっかりでき上がっていますので、その正確性が担保されておるというところで質的に違うのではないかという実務家的な感覚を持っております。
三番目、Cと書きましたが、行政の方で例えば国籍取得後の監護養育というか家族の実態というのを確認するのはどうかということを、勧めているんではなくて、ちょっと考えてみました。一種のトレーサビリティーなのかなという気もするのですが、ここら辺も行政の方が仮に偽装の事実若しくは事実に裏付けられるような関係を認知した場合、この場合は多分、捜査の端緒と考えるのであれば刑事訴追の方に移るでしょうし、公務員がそういう事実を知ったときには刑事訴訟法上告発義務がありますので、ここら辺でCからAやBに移行するのかなというふうな感覚を持っております。
さて、じゃ、そういった事前管理、事後管理ということを考えたときに、この管理手法の設計、選択、運用の配慮点って何なんだろうかと思ったときに、思い付くままA、B、Cというふうに付けておきました。
Aは関係当事者の人権。取りあえず私は、比較的専門的に勉強している個人情報について言うと、DNA情報というのは究極の個人情報かな、センシティブ情報の最たるものかなと思っておりますので、その入手、保管、利用については最大限に慎重にあらねばならぬという力が働くと思っております。
そして、Bについては、リスクの実現ですね。どの程度偽装の認知のリスクがあるのかということについては、ただ懸念されるというだけでは少しちょっと力が弱いので、若干、官庁の方が持っている現実的なデータをしっかり検証する必要があるのかなとも思っております。
さらに、リスク管理費用とその効果ですね、それから費用負担ということもしっかり考えなくてはいけないというふうに思っております。
もう私の話はこれでおしまいなのですが、この問題の根底にあるものは一体何なのかというふうに一文入れさせていただきました。これはこの場に立って考えようということでこの一文を入れたのですが、様々なお考えがあると思っているんですね。
例えば、国籍が商品化されちゃうのは困るなとか、それから男女間の倫理が少し問題じゃないかとか、それから国の安全保障の問題もあるんじゃないかとか、それから国の財政の問題もあるんではないかとか、本当に様々な思いがこの問題には交錯すると思うのですが、やはりこの問題の根底にある本質的な問題というのは、軸足を人権保障に置かざるを得ないだろうと。そうすると、この人権保障に対応する合理的な制限は当然考えざるを得ませんので、そこら辺を立法府の良識で構築していただければよろしいのではないかというのが私の、極めて雑駁でございますが、陳述の中身でございます。
以上です。