2009-01-27
両院
簗瀬進
平成二十年度一般会計補正予算(第2号)外一件両院協議会
簗瀬進の発言 (平成二十年度一般会計補正予算(第2号)外一件両院協議会)
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○簗瀬進君 私も昨日も発言させていただきましたけれども、本日もお許しいただきましてありがとうございました。
今、岩永先生からも、また村田さんやあるいは冒頭の小島先生からもいろんなお話ございましたけれども、衆参の議論、聞いておりますと、やっぱり両院協議会の意義付けをどういうふうに考えておるのかということで、結構、相当差があるなという部分が私は感じられてなりません。
これは私個人の見解ですけれども、両院協議会は、例えば予算委員会や本会議の延長線では私はないんではないのかなと思っています。いわゆる議会、委員会の審議をし、それで本会議で議論をしてそこで決着をするというのが一つの基本的な原理であって、それは一つの世界で完結をしていると思います。それに対して、憲法がなぜ両院協議会というようなものをここに持ち込んできたのかということは、それは、先ほどの村田先生のように、予算の緊急性に対応して三十日ルールが一方である、自然成立は、三十日ほうっておけば自然成立なんだと、だけどそれよりも前倒しをできるようにということで両院協議会があると、そういうふうな理解も可能だとは思います。
ただ、私は、それとはちょっと違った理解をすべきなんではないのかなと思っているのは、やっぱり延長線ではないということは何を意味しているのかというと、いわゆる今までの本会議で終わる議会のルールというのは、一種対立の原則だと思うんですよ。お互い、それぞれ国民の負託を得た自民党やら民主党というその政党の代表として意見をぶつけ合って、その対立した議論の中でできるだけ真実を見付けていくと、チェック機能をそこで働かせていくという対立のルールが、あるいは対立の原理というようなものが議会の基本に置かれているのかなと思いますけれども、一方で、じゃ、両院協議会はその延長線上として、対立の論理で終始をしていいんだろうかということをやっぱり我々は考えるべきだと思いますね。
だから、対立ではなくて、両院協議会は、新しい原理としてむしろ調和とかあるいは調整とか、そこに来た代表者は、政党のバックボーンはありますけれども、両院協議会のメンバーとなった以上は今までの政党の主張は一応置いておいて、そして調和、調整をするというその一点をむしろ優先に置きながら議論をした方がいいんではないのかな、それがむしろ両院協議会の新しい意義付けに置かれるべきなんではないのかなと、実はこのように考えております。
だから、議会は対立の原理で、両院協議会はそういう意味では調整の原理と。その調整の原理に従うためには時として政党のバックボーンに控えているそういう議論から離れてもいいんじゃないかとか、そういうことも議論をしっかりとされてしかるべきだし、場合によっては、昨日も私は、ちょっと乱暴な言い方かもしれませんけれども、両院協議会を舞台にして、これは分科会というのはちょっとやっぱり更に細分化した対立の論理に戻っちゃいますから、そうじゃなくて、大所高所で議論できる立場の人といえば、それはもう各党の代表者である、それはもう党首クラスの人たちですから、そういう代表選手が集まって、そこで本当の意味での調整の原理の議論を両院協議会という場所でしたらどうだと、そういう意味で党首会談ということもあっていいんではないのかな等々の提案もさせていただいたわけなんです。
私たちは、そういう意味では議会の延長線上としてこれを位置付けているわけではありませんので、強いてこれで何日も引っ張っていこうなんという気持ちはもう更々ありません。ただ、せっかくこれだけ重要な機会を与えられた以上は、新しい時代の両院協議会の意義というようなものをしっかりとやっぱり今後も引き続いて検討していくべきいい機会を我々共につくったんではないのかなと思うんですよ。しかも、これからやっぱり政権交代が結構起こっていくような新しい時代に入っていくと思います。
ところが、二院制ですから、二院制で政権交代ってやると同日選挙をやらない限りは必ずねじれてくるんですよ。だから、政権交代とねじれはもう必ず不即不離、表裏一体の関係にあると。だから、ねじれの調整原理を両院協議会がどう果たすべきなのかということをしっかりと議論をしていくというのがこれから非常に重要になってくるんではないのかなと思っておりますので、衛藤議長に是非お願いしたいのは、今後とも、まあなかなか非常に難しい議論なんですけれども、この両院協議会の在り方についてどこかでしっかりと議論をしていくような機会をつくっていただけるよう心からお願いをしたいと思っております。