中山恭子の発言 (少子高齢化・共生社会に関する調査会)

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○中山恭子君 御指名くださいまして、ありがとうございます。
 私自身、この調査会にはごく最近参加するということで、ある意味では新米でございます。それから、今お話ししようとしていることも、特に自民党の中で意見が一致しているという、そういうことではありませんので、極めて個人的な考え方かもしれませんが、いろいろお話を伺っていて、それぞれにとてもいいアイデアがたくさん出されていますので、つい私もお話しさせていただきたいと思います。
 今の話のついでで、義家先生のついでになるかもしれませんが、私自身、中央アジアの国ウズベキスタンの特命全権大使を三年間しておりました。この地域には、シベリアから抑留者の方々が強制移送されて、仕事、重労働に従事しておりました。ところが、今でもこの中央アジアの国の人々は、日本人ですと言っただけで何の疑いもなく信頼を寄せてくれます。
 もう六十年以上も前のことですけれども、ここで重労働に携わっていた日本の若者たちほとんどが二十代、三十歳前後くらいの人、若者たちですが、収容所から出るときにはあいさつをし、隊列を組んで工事現場に行き、そこで仕事をして、また隊列を組んで戻ってくる。こういった動きをその町の人々は見ておりました。その見ていた年配の人が子供や孫に語り継いでくれておりまして、日本の人々は非常に規律正しい人たちだった、それからうそを言わない人たちだった、そして弱い者いじめをしない人たち。
 何かウズベクの人も日本人と非常によく心が似ているアジアの人々でして、自分の家にできた果物とか親が焼いてくれたパン、パンといってもこんな大きな三十センチくらいのパンなんですが、そのパンを、ラーゲリ、収容所には何もなかったので差し入れをした。垣根の破れたところから差し入れをしたら、そこに何日か後に手作りの木のおもちゃが置かれていたということで、自分たちは親たちから、日本の人々は規律正しく、うそをつかない、物を作るのが上手で、非常に礼儀正しい人で、何か物をもらえば必ず自分のできることでお返しをしてくる、そういう人たちなんだ、あなたも日本の人たちを見習って大きくなってほしいと、そういうふうに言われて育てられたんですというような話がもう至るところにあります。
 日本人墓地がウズベキスタンだけで十三か所あるんですけれども、そのどこででも働かされていたというような状況でございました。この若者たちが特に何かしゃべるとか演説するとかするわけではなくて、もう日常の生活をしているという中でそこの国の人々に感銘を与えて、六十年たった今でも日本人というのはすばらしい人だと。
 昨年ロシアのモスコーで行われた日本語弁論大会で、キルギスの人が、日本人というのはそういう人たちだと聞かされていた、非常にすばらしい人だと思って尊敬していたけど、何かロシア語を教えてもちっとも上手にならないという弁論が、そのくらい日本人というのが尊敬されております。
 この人たち、千九百二十何年生まれの方々ですけれども、日本で何か特殊な教育を受けた人ではなくて、まさに家庭で日本的なしつけをしっかり受けた若者たちだったんだろうと考えておりまして、やはり日本の社会が持っているそういう非常に貴重なものというのは国際社会の中でも通用するものであり、尊敬されるものであるということをこの三年間ひしひしと感じて過ごしておりました。
 そういった意味で、もちろん社会という一つの中で個人というのが大切だということはよく分かっておりますが、やはり家族、家庭での生活というんでしょうか、しつけといったそういったものが非常に大切であろうというように考えております。
 先ほど、お寺さんとか神社のお話も出ておりました。そのコミュニティーの、コミュニティーと言っていいのかどうか、片仮名ですけど、その地域の社会でそういったところが自然にその地域の人たちのつながりをつくっていく場にもう一度なったらいいなというようにも思っておりますし、高齢者が増えていくというか、六十歳でもみんな元気であれば、その人たちが、定年制をどうするかというのはいろいろ問題があるかもしれませんが、しっかりした形で働く場をずっと持てるというような社会をつくることも必要であろうと思っております。
 それからもう一つ、核家族ということについてもう一度考えていただけないものだろうかと。母親と子供で一日中過ごしていたら、やっぱり両方とももうやり場のないような思いになってしまう。やはり、例えば住宅を造るについて、三世代が住めるような住宅を、すべてというわけにいかないんでしょうが、アパートならアパートの中の幾つかは三世代が住めるというか、ドアを仕切ってでも隣り合わせに住めるような、そういう住宅政策を取るとか、義務付けるとか、そして三世代が一緒に住む。
 年寄りから子供が学ぶことも多いでしょうし、子供がそこへ逃げ場所というのもあってもいいでしょうし、それから、年寄りも子供の面倒を見ながら学ぶこともたくさんあるだろう、元気をもらうこともあるだろうというようなことで、やはり戦後、核家族にならざるを得なかったとは思いますが、もう一度、核家族ではない大きな家族が一緒に又は近くでもいいと思うんですが、住んでつながりを持てるような、そういうことをちょっと復活できないものかななどと、個人的にはそんなふうに思っております。
 これは一つの行政だけではできない話かもしれませんし、また、行政も一つの省庁ではなくて幾つかの省庁で非常に強いつながりをつくった上で、日本の将来というものを明るくて落ち着いた調和の取れた社会づくりというものが、行政もそれから行政ではない人たちも意見交換しながら一緒につくっていきたい、できる、日本の社会であればできると、そんなふうに考えております。
 済みません、きちんとしたプロの話ではなくなってしまったかもしれませんが、発言の場をいただきまして、ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 中山恭子

speaker_id: 19441

日付: 2010-04-21

院: 参議院

会議名: 少子高齢化・共生社会に関する調査会