中曽根弘文の発言 (本会議)
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○中曽根弘文君 お許しをいただきまして、一言御礼を申し上げます。
ただいま院議をもちまして在職二十五年の表彰を賜りましたことは身に余る光栄であり、感激の極みでございます。その上、輿石東先生からお祝いの言葉をちょうだいし、深く感謝申し上げます。皆さん、ありがとうございました。
私が初めて議席を与えられましたのは、今お話ありましたように、昭和六十一年の中曽根内閣でのいわゆる衆参ダブル選挙でありました。その選挙では、参議院において与野党合わせて三十九名の新人議員が誕生いたしましたが、本日、この議場でこうして二十五年の表彰の栄に浴すことができましたのは、私ただ一人となってしまいました。まさに感無量であります。
国権の最高機関である参議院で国会活動を今日まで続けることができ、そして栄えある表彰をいただきましたのも、ひとえに長年にわたる先輩、同僚議員の皆さんの御指導、御交誼のおかげであり、また、私を御支援くださった群馬県民の皆様を始め多くの方々の御温情のたまものであります。この機会に改めまして厚く厚く御礼を申し上げます。
今日まで、初当選のときの感激と初心を忘れることなく、そして、私を御支援くださった方々お一人お一人のお気持ちを決して裏切ることのないよう一日一日努めてまいりましたが、この二十五年間を振り返ってみますと、東西の冷戦構造が終結し、地域紛争やテロが多発する一方、我が国におきましても、経済もバブルからデフレへと大きく振れ、失われた二十年と言われるなど、まさに激動の四半世紀でありました。
この間、多くの仕事に取り組みましたが、特に忘れられない出来事は、茨城県東海村にある株式会社ジェー・シー・オーで発生した臨界事故であります。
この事故で従業員二名がお亡くなりになり、多くの地域住民が放射線を受けました。これは、民間のウラン加工施設での事故ではありましたが、瞬時に世界中に報道され、日本の原子力の安全性に対する信用が一気に失墜してしまいました。私は、科学技術庁長官として対応に全力で取り組むと同時に、再発の防止のために原子力二法の改正を行い、国の原子力管理・防災体制を現在の形へと改善をいたしました。
また、文部大臣、教育担当の総理大臣補佐官としての教育基本法の改正、さらには、外務大臣としてクラスター爆弾禁止条約の署名を行いましたことや、イラン政府に拘束され裁判にかけられていた米国人ジャーナリストの解放をイランの大統領に要請をし、これを実現したことなども忘れられない事案であります。
初当選以来、科学技術、教育、外交・安全保障は国家の最重要課題であると考え、議員活動に取り組んでまいりましたが、今後も変わることなく、国家存立の柱となるこれらの課題に力を尽くしてまいりたいと思います。
特に憲法につきましては、制定時から社会情勢、国際情勢も大きく変化しており、時代に合ったものにしていく必要があると考えております。
世界が急速に変化を遂げる中、我が国はいまだ閉塞感から脱出できず、新しい時代のスタートを切れずにいます。今まさに再生か衰退かの瀬戸際にあり、我々は日本のあるべき国家像を明確に国民に示し、国民の総力を糾合していかなくてはなりません。特に参議院の果たすべき責任はますます重く、国民の注目しているところであると思います。
私は、本日この表彰の栄に浴したことの意味を深く受け止め、我が国議会制民主主義の発展のため、一層精進、努力してまいります。
皆様の引き続きましての御指導、御交誼を切にお願いし、御礼の挨拶とさせていただきます。
本日は誠にありがとうございました。(拍手)
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