谷岡郁子の発言 (本会議)

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○谷岡郁子君 谷岡郁子です。
 民主党・新緑風会を代表して、総理の所信表明演説に対する質問をさせていただきます。
 初めに、東日本大震災、新潟、また近畿地方の豪雨で犠牲となった多くの皆様方に心からの哀悼をささげたいと思います。また、今も苦難と闘っている国民の多くの皆様にお見舞い申し上げたいと思います。野田政権を誕生させた民主党議員の一人として、皆様の生活再建のために全力を尽くすことをお誓いいたします。
 総理は所信で、日本経済の立て直しが急務である旨、述べられております。力強い復興のための必要条件だと私も思います。しかし、これを実現するためには、ふだん表に出てくることが少ない幾つかの根本的な問題について考える必要があるだろうと思っております。
 第一に、なぜ日本国民はこれほど勤勉でありながら生活が楽ではないのかという点であります。
 労働分配率が低過ぎるのではありませんか。資本家や経営者の取り分は増加しながら、労働分配率は下がり続けてきました。国内消費を支え続ける原動力としての勤労者たちの取り分を増やしていくために、もっと大胆に、もっと迅速に政府として行動する必要がありませんか。総理のお考えを聞かせてください。
 規制緩和の名の下に、派遣会社、コンサルタント、代理店、マネジメントプロダクションなどが増え、中間搾取構造が確立してきました。これがこの十年余りの日本社会であったと思います。もちろん良質なものもたくさんあるでしょうが、全体として見れば非正規雇用が増加し、国民の生活はより不安定になっています。また、世代間格差は広がっています。
 この問題に対して早急に手を打たなければ、日本の現場の働き手たちは余りに疲弊し過ぎて、復興という重荷を負い切れないのではありませんか。総理がこの問題をどうとらえ、いかなる手を打とうとしていらっしゃるのか、お聞かせいただきたいと思います。また、労働者派遣法の改正についての御意見を伺います。
 私たちが慣れ親しんできたGNPという言葉は、一九九三年にGDPに置き換えられました。NとDという一文字の置き換えは、グローバル経済の進展に伴って行われたことであります。しかし、国民経済という観点からは問題だと思います。日本の労働者が汗の結晶として生み出した資本が海外に移転され、現地の工場や子会社となりました。ここから日本の企業に渡された受取利息や配当は、GNPには含まれてもGDPには含まれません。つまり、企業は繁栄しても国民は栄えないのです。この見えなくなった国民の成果を本来の受取人たちに戻す手だて、すなわち海外に流出した資金を日本に還流させる仕組みが必要ではないでしょうか。内閣の総力を挙げて、このために知恵を結集していただけないでしょうか。総理にお伺いいたします。
 総理は、所信表明の中で福島の高校生に言及されました。その若い情熱に期待されておられます。しかし、いずれふるさとの復興を担っていくこの子らが今必要としている支援を国は十分に保障しているでしょうか。福島だけではなく、また東北だけでもなく、日本中の若者たちは、震災復興を含め、将来日本のエンジンになっていくために十分な環境と研さんの機会を与えられているでしょうか。
 社会保障とは、元来、もう働けない者、まだ働けない者、そして病気や被災などの理由で今は働けない者たちを働ける者たちが支えることだと私は考えます。もう働けない者たちや、たまたま今働けない者の多くは投票権を持ちます。したがって、政治はその声に比較的敏感です。でも、まだ働けない者たち、つまり私たちが日本の再生を託そうとする者たちは、そのほとんどが投票権を持たず、声は小さい。だから、日本の教育予算はOECD各国の最低レベルであり、仕事に就こうとする若者や専門家として自立しようとする若者たちへの支援は不十分なのです。総理は、本気でまだ働けない者たちの育成や自立しようとする者たちへの支援に取り組んでいただけるでしょうか。先ほどの同僚柳田議員へのお答えは、去年の政策の焼き直しだと思われます。もっと踏み込んでお答えいただきたいということをお願い申し上げたいと思います。
 東京電力福島第一発電所の事故は、総理の御指摘どおり、世界史的な規模の大事故として、被災者はもとより、国民に甚大な被害をもたらしました。所信表明で示された事故収束と被害者救済は当然のことです。加えて、私たちは、この事故から得られる教訓を真摯に生かすことを求められています。
 その第一として、私たちの国には法体系の想定外で起きた緊急事態に対して対応を可能にする仕組みがないということであります。いわゆる緊急事態法の不在です。このため、対応は平常どおりの法の運用と省庁の分掌に従って進められることになります。まるで複雑な障害物競走のようです。当然、迅速さが失われます。また、放射能瓦れきのように存在すること自体が想定外であったものについては、新法が成立するまで手が出せないという事態が出現します。これは、ある意味で長年にわたる政治の不作為です。現在、多くの人々がその犠牲となってしまっています。緊急事態に対応する法の枠組み、また同時に、事態に即応する米国のFEMAのような組織を本格的に検討すべきときが来ているのではないでしょうか。この問題に関して総理のお考えを伺いたいと思います。
 原発事故が教えてくれた第二は、国家の運営に不可欠な人材の養成が不十分で時代遅れになっているということであります。
 総理は、原子力安全規制の組織体制について、環境省の外局として原子力安全庁を創設するとされています。しかし、この案に賛成はするものの、一方で、問題の根本は、組織体制ではなく、これに携わる人間的な問題であり、その資質、専門性と安全文化あるいは規範意識の問題であることを指摘申し上げたい。規制機関がどこにあろうと、規制、審査対象の電力会社やメーカーにその人材や知識面で依存し続ける限り、国民の安全を守る厳格な審査は不可能であります。国家として自前の専門家養成が急務ではないでしょうか。
 スリーマイルアイランドを機に、米国の規制機関であるNRCには附属の研修機関が設けられました。米国で運用されている全種類のシミュレーターを設けて、検査、審査に対する実地研修とともに、緊急時の司令塔となれる人材の養成を行っています。IAEAやNRCなどと連携しながら、日本にもこのような研修機関が必要だと思われます。細野大臣はこの点いかがお考えでしょうか。
 私は、この例に加えて、今必要とされている国家の人材養成のために、現在存在する各省の大学校や関係独立法人を全面的に見直し、省庁横断的に再編することを提案したいと思います。一つに、各省に囲い込まれた大学校などが省庁村文化の温存継承装置として機能していること、また、いま一つに、多くのものが既に歴史的役割を終えていたり、非効率的であったり、また日本が今直面する問題に対し、これにこたえるシステムになっていないことです。同時に、これらの機関には広い敷地や施設、また人や予算が付いております。これらを例えば原子力安全研修機関として各省庁の機能の結集を行うことは可能だと思います。また、気象大学校や国土大学校などを再編すれば、総合的モニタリングの統括的作業に従事できる人材の養成も可能だと思います。
 総理はこれまでの仕分を深化させることを提案されていますが、このような提案も検討の範囲に加えていただけないでしょうか。この時代に真に求められている国家の人材の育成に関する根本的な見直しは福島の重要な教訓の一つだと考えますが、総理が抜本的な改革を行っていただけるのかどうか、その決意を伺いたいと思います。
 第三に、日本の科学技術についてただしたいと思います。
 中川大臣、日本は真の意味において科学技術大国でしょうか。明治以来、日本の基礎科学ただ乗り論が国際的に存在します。すなわち、日本は幅広い基礎科学を総合的に構築することなく、欧米の基礎科学の土台を使って応用分野に特化し、つまみ食い的なことをやってきたということであります。欧米に追い付け追い越せのキャッチアップ型の科学技術ならば、このやり方は効率的です。しかし、先進国型の創造的な科学技術には向きません。この問題に大臣はどう取り組まれますか。
 世界的にはサイエンス・アンド・テクノロジー、つまり科学・技術であるところのものは、日本では中ポチ抜きの科学技術になります。一つの小さな点があるかないかの違いに見えますが、でも両者は似て非なるものであります。サイエンス・アンド・テクノロジーでは、科学的探求の成果が、それが応用されたものとして技術をとらえます。技術の土台として科学があるのです。しかし、日本の科学技術では、技術のみが主眼となって、科学は都合によってゆがめられ、偏った形で使われることがあります。不都合なデータを加工する、あるいは部分だけ取り出すなどということは、もとより科学の名には値しないのですが、日本では技術の正当化のために科学の真実は犠牲にされます。原子力科学技術はその典型です。
 なぜなら、科学とは、本来、全てを想定内に収めようとすることだからであります。そして、これが不可能な場合には、想定できる範囲と想定できないことを明快に区別する姿勢であるからです。事が起きてしまってから後付けで想定外と言うことは、非科学的な態度なのです。
 まして、福島の場合、この事故は本来的な意味での想定外ではありませんでした。五月末に日本に来たIAEAの調査団は、その報告書の中で津波についてある指摘をしています。日本は津波に関する研究やその応用に関して世界のリーダー的な存在である。この成果として、日本が開発した津波防災システムが保安院の下請関係独立法人である原子力安全基盤機構からIAEAに提供され、加盟各国で使われている。それなのに、このシステムは本国の日本では使われていなかったという指摘であります。
 日本の納税者の負担で開発されたこのシステムが、もし福島第一で導入され使用されていたならば、結果は違ったかもしれない。今回の原発事故は、想定できなかったという意味での想定外ではなく、想定しなかったという意味での想定外なのです。そして、このような姿勢は、どこから見ても誠実な科学的姿勢から懸け離れております。
 総理、この具体例に対してどのような感想をお持ちでしょうか。そろそろ日本の科学技術を国際水準のサイエンス・アンド・テクノロジーとして再構築するべきときが来ているのではありませんか。
 明治のお雇い外国人であったベルツは、日本を去るに当たって次のように発言いたしました。日本では今の科学の成果のみを受け取ろうとしたのであります。この最新の成果を引き継ぐだけで満足し、この成果をもたらした精神を学ぼうとしないのです。百年前のこの言葉の意味を、今こそ私たちは考えるときが来ています。
 誠実な科学的精神を基盤としない科学技術なるもの、これが安全神話を生み出し、甚大な被害をもたらしました。日本人の安全と繁栄の礎となる真の意味におけるサイエンス・アンド・テクノロジー、このような科学技術構築に向けて総理の決意を伺いたいと思います。
 本日の質問を締めくくるに当たって、同僚の皆様方にお願いしたいことがございます。それは、未来の主権者を育てるに当たって、本会議や委員会質疑の中の議論が小学校や中学校の教材として使えるような国会審議を行っていきたい、そのために皆様の協力をお願いしたいということです。国民の代表の議論は、民主主義の教育の素材として、また社会科の教材としてふさわしいものであるべきではないでしょうか。しかし、現状の国会は、私自身の責任を含め、そのようにはなっていません。子供には聞かせたくない言葉や、見せたくない態度が間々見受けられます。
 議論のプロであるはずの私たちは、建設的な議論や前向きの議論の技術よりも、停滞させ、形骸化させる技術にたけているかもしれません。これは長年野党であった私たちの責任が大きいのかもしれません。このことについては素直に反省したいと思います。しかし、私たちは、もっと建設的に、創造的になれるはずです。国民はこれを求めています。だから、皆さんと一緒にもっと新たな建設的な国会をつくってまいりたいと思います。どうかよろしくお願い申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
   〔内閣総理大臣野田佳彦君登壇、拍手〕

発言情報

speech_id: 117815254X00320110916_021

発言者: 谷岡郁子

speaker_id: 1088

日付: 2011-09-16

院: 参議院

会議名: 本会議