西田昌司の発言 (憲法審査会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○西田昌司君 自民党の西田でございます。
私、前回も発言させていただきましたが、前回申し上げましたのは、要するに、制定過程に問題があって、そもそも憲法として有効性があるのかと、それから国の伝統、国柄というものを象徴するものとしての、憲法としての正統性があるのかという問題を申し上げましたけれども、今日もそれに加えて幾つか私の思う問題点を申し上げたいんです。
先生方のお話の中でも、現行の憲法を、その精神はよしとしながらも、いろいろ加憲とか改正含めて、何か改正するという方向では何となしの方向性があるようなんですけれども、私は、その部分部分の問題点を言っていくと、そもそも問題の本質が見えなくなると。憲法というのは、あくまでそもそものこの正統性の話を言わないと、問題を個別の問題に相対化してしまった途端、議論をしても議論をしていることにならなくなってしまうということを重ねて申し上げたいと思います。
その上で、問題点は、例えば憲法の前文があるわけですよね。前文というのは、まさにこの憲法ができた経緯、その精神がそこに集約されていますけれども、今読みましても、まさにこれは占領下で、日本自体が二度とアメリカ、占領国に対して、連合国に対してやいばを振るわないようにと、そこを狙って書かれているというのは明らかなわけでありますね。
さらに、その憲法から出てきた九条でありますけれども、九条があって、武力を放棄すると言いながら、現実には昭和二十五年に自衛隊が創設されている。そして、自衛隊については民主党の方々も今現在認めておられるわけですよね。
そうなってきたときに、要するに、これはなぜそういうことになっているのかというと、昭和二十五年も、憲法ができた二十一年も、共に昭和二十七年のサンフランシスコ講和条約が発効するまでのいわゆる占領下でありますから、主権者である国民が自発的に決められなかったと。だから、事実上、憲法と表面上全く矛盾する、武力装置としてですよ、要するに自衛隊が存在することになっていると。それを今解釈で認める形になって、それが国民がみんな認める形になっていますが、これも実は、もう既にその時点で憲法自体が有効性がはっきり言いましておかしなことになっているということの象徴だと思うんですよ。
そういうことも含めて考えてみると、私は、今この場で議論すべきは、そもそも今の憲法自体に法としての正統性があるのかという問題であります。
さらに、もう一つ問題点を申し上げますと、この憲法には九条で、戦争、交戦権が放棄されております。交戦権といいますのは、当然、宣戦布告をする権利と同時に、後で講和条約を結ぶ権利も含まれているわけなんですね。
そうしましたら、今のこの憲法ができましたのが昭和二十一年で、二十二年から公布されております、施行されておりますけれども、じゃ、昭和二十六年九月のサンフランシスコ講和条約はどの権限に基づいて講和条約が結ばれたのかといいましたら、今の憲法の中ではそもそも交戦権がないんですから講和権もないんですよ。そういうことを考えましても、根本的に私は、この憲法自体には法的にもそういう問題点があります。
そして、更に申し上げますと、その法律的な矛盾だけではなくて、そもそも、何度も申しますが、憲法というのは価値の体系なんですね。ある種、日本人の伝統、精神やそういうところ、伝統、精神から来たところの価値、それが一つは家族、その象徴としての皇室ということになってきますけれども、そういうものが、家族のカの字が一切うたわれていない、まさに価値なき体制になっているんです。そういうことも含めて、私は今のこの憲法の体制、憲法というのは事実上、この昭和二十五年の自衛隊ができたときからおかしなことになっているし、そしてさらには、今、憲法の体制自体が実はもう今、事実上有名無実に、無効にしているんではないのだろうかと思います。
そういう意味で、私は、この憲法の審査会でせっかくこの議論ができるんですから、そもそもの入口から含めたより深い議論をさせていただきたいと思っております。
ありがとうございました。