白眞勲の発言 (憲法審査会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○白眞勲君 民主党の白眞勲でございます。御指名ありがとうございます。
まず冒頭、私の方からも申し上げたいのは、この憲法審査会というのは、あくまでも、憲法を改正するための審査会ではなくて、憲法を基本的によく調査をして、その上でどういうふうにしていくかを決めるための審査会であるということをもう一度私は確認をさせていただきたいと思います。
多くの委員が憲法のいろんな問題点を指摘した、でも最終的には、いや、これでもよかった、この憲法でいいじゃないかという議論があったっていいわけでして、そこは、問題があるからもう改正するんだということでここの審査会の委員の多くがコンセンサスが一致して、じゃ改正に向かいましょうということになるかどうかという部分については、まだまだこれから議論をしていくべきではないんだろうか。そうじゃないと、この審査会の意義という部分において私は疑問を呈するしかないというふうに思っております。
また、多くの委員の皆様から、これまでの日本国憲法のこの成立過程における疑義というものについても御指摘がありました。であるならば、サンフランシスコ条約の締結の後の一九五二年以降に、当然のごとくその疑義というものが大きな国民の声となっていなければならなかったのではないんでしょうかという部分が私はあると思うんです。少なくとも、この十二月の八日、ここで真珠湾攻撃から七十年というこの時期に、少なくとも、この一九五二年からすると、もう大分たちますよね、ぱっと計算できないけれども。この間のじゃ議論は一体何だったんだろうかということを考えるべきなのではないんだろうか。
つまり、あの太平洋戦争、今でも多くの、当時の人たちもそうですけれども、あのときに、少なくとも、アメリカから押し付けられたかどうか知りませんけれども、その中で、多くの国民が熱狂的にこの憲法を歓迎したという事実も私はあるんではないかと思うんですね。もう戦争は嫌だという、そういう気持ちの中で、少なくとも多くの国民がそれを歓迎していた。であるからして、私は、その辺りの経緯というもの、もし憲法の成立過程についての経緯をきちっと調べるべきであるならば、そのときの国民の感情ということもよく考えて、考慮に入れて今後の議論にしていくべきではないんだろうかというふうに私は思います。
先ほど吉田総理の話が出てきました。でも、吉田総理でさえ憲法改正について言及したことは私はないんではないかと思います。なぜならば、当時国民の多くの皆様が憲法の改正については否定的であったということが事実としてあるわけです。もう一度申し上げます。当時の日本国憲法が、国民主権、基本的人権の尊重、そして戦争の放棄という、この三つの理念を掲げて出したこの憲法が国民の大部分が歓迎していたという事実は私は無視してはいけない、そういうふうに私は思っております。
そういう中で私たちは、先人たちのそういう努力というもの、そういったものも含めてこの憲法を考えていかなければいけない。そしてまた、この三つの理念があったからこそ、私はこの日本国が世界で有数の、もちろんそれは国民の努力があったことは間違いありません、国民の努力があったことは間違いありませんけれども、その中でこの国が世界有数の先進国に発展したということもまた事実であるということは否定できないことだというふうに思います。
そういう中で我々は、前向きな形でこの国の憲法ということをどういうふうにこれから考えていくかということを議論していかなきゃいけないというふうに思っております。
以上でございます。