福島みずほの発言 (憲法審査会)

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○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。
 三点申し上げます。
 大日本帝国憲法下におまえは生きたいか、それとも日本国憲法の下において生きたいかと問われれば、私は間違いなく日本国憲法下で生きたい、日本国憲法をどう生かしていくかということに懸けていきたいと思っております。
 戦前は、女性は選挙権も被選挙権も持っておりませんでした。権利も法律の留保の中でしか認められませんでしたので、最後は、国家総動員法、徴用令や治安維持法やたくさんの法律によって権利は紙切れのようなものとなり、あの不幸な戦争に突入をしていきました。
 押し付け憲法論については、これは憲法調査会の下において何度も何度も、かなり長いこと時間を掛けて私たちは議論をいたしました。GHQの方を二人お呼びして、ベアテ・シロタ・ゴードンさんともう一人の方をお呼びして、当時の立法過程を私たち参議院憲法調査会の下で学びました。押し付け憲法論だという意見は、その後、この憲法調査会の中からかなり消えたと思っております。
 日本の中でも、先ほど意見がありましたが、歓迎をする、日本の中でそういう人権や権利、平和主義を願う人々や学者の気持ちがあり、それで作られたものであり、押し付け憲法論ではない。むしろ日本国民は、戦争の惨禍によって苦しんできた日本国民は、この憲法を歓迎し、この憲法を作ったんです。前文にありますが、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きないようにすることを決意し、主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定するというのは、日本国民が取ったんだと思っております。だからこそ、調査会の報告書で、現行憲法の果たしてきた役割、平和主義の堅持について、これは共通の認識であるとされているところです。
 平和を紡いできた、そのとおりです。でも、平和を紡いできたのは間違いなく憲法九条が存在をしたからだと思います。憲法九条があるので、日本は直接に戦争にコミットをしませんでした。戦後、非核三原則を発展させてきました。武器輸出三原則を戦後つくってきました。これは、自民党も含めた戦後の日本の政治が本当に超党派で、まさに日本の戦後が、自民党も含めてつくってきた私は貴重な財産だというふうに考えております。
 三点目、九十六条の憲法改正要件です。
 法律と同じ要件で、まあ国民投票はありますが、憲法を変えていいというふうには思っておりません。要するに多数決で、過半数で変わるわけですから、政権交代のたびに憲法を変えられる、少なくとも発議ができる。憲法は重いものです。憲法は最高法規です。憲法を法律と同じ国会の要件で過半数で変えられるとすれば、極めて不安定になります。憲法を変えれば全てのそれに反する法律は無効になるわけですから、極めて大きいものです。
 憲法九条こそ平和を紡いできた。日本の国柄が平和を紡いできたということであれば、それに最も貢献してきたのは憲法九条だと思います。また、改正要件を緩和することは、極めて政争の具になるということで問題ありと。そのことについても徹底的に議論していきたいというふうに考えております。

発言情報

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発言者: 福島みずほ

speaker_id: 23322

日付: 2011-12-07

院: 参議院

会議名: 憲法審査会