荒井広幸の発言 (国民生活・経済・社会保障に関する調査会)
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○荒井広幸君 持続可能な社会ということを考えるときに、私は気分の気というのが非常に重要だろうと思います。良くなるぞという気分をつくる政治側の大切、次に、良くするぞという国民側の気分も大切だろうというふうに思います。いずれにしても、両者とも良くしていくという気分といいますか気概の下に取り組んでいくところが大切だろうというふうに思います。
そうしたことを考えますと、私は、分かち合いと参加というのがこの持続可能な社会にとっては不可欠なファクターであろうというふうに思います。分かち合いと参加です。
これはどういうことかというふうに言いますと、例えば今度のアベノミクス、これの二、三か月で企業の内部留保はかなり増加しております。この内部留保を、一時金でもいいんですが、社員とともに分かち合う、こういう経営者の姿勢が必要ではないか。
ある意味でいえば、今度の安倍政権が行う、企業が新規雇用を増加させた場合の従来型の減税と従業員の賃金を増加させた場合の新しい減税の措置をとったわけでありますが、こういう言ってみればあめによらずとも、日本型経営、アベノミクスというのは言ってみれば日本型経営をかなり志しているんだろうというふうに思いますが、その企業の内部留保を、これを働く方に還元するあるいは新規雇用をする、こういう考え方というのが必要だろうというふうに思っております。
そこで、私は、場合によってはむちが必要だと。先ほどの二つのあめを取らない場合、配当に対する課税を強化する、あるいは企業の内部留保のうち過大な流動資産に課税する、そうしないならば、新規雇用を増やしなさい、あるいは賃金を増やしなさいと、このあめを選択してもいいと、こういうようなことは許される範囲だろうというふうに思いますが、そう言わなくてはならない、何といいますか、分かち合いの精神がない経営者というものは、これはちょっと困りものであるなというふうに思います。
二つ目は、参加というところに関係しますが、分かち合いは参加しなければできません。その意味で、参加という観点でいいますと、予算の政策判断は国会が行いますけれども、国の財政支出に対して国民に参加を直接求めて財政民主主義の充実を図るべきだろうというふうに考えます。公金の着服、官製談合、贈収賄など様々な不祥事のほか、国民や国会の期待を裏切るような予算執行がなされておりまして、国民の血税が失われていくと、こういうことがあります。
こうした国民の信頼を回復するためには、地方公共団体で行われています住民監査請求及び住民訴訟などの制度を参考として、国民監査請求制度を国の財政、予算について導入するべきだというふうに思います。国民がチェックをする、あるいは抑止力に国民がなっていく、こういったことを私はしていくことによって、参加して分かち合う、そういった社会の一つの形が生まれてくるのではないかと思います。こうしたことが持続可能社会には必要ではないかと考えております。