塩見淳の発言 (法務委員会)

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○参考人(塩見淳君) ただいま御紹介にあずかりました京都大学大学院法学研究科の塩見でございます。刑法を専攻しております。
 本日はこのような場で意見を述べさせていただく機会を賜り、光栄に存じます。
 本法案に関しましては、法制審議会刑事法部会の部会員を務めました。法案の基となりました要綱案に賛成しました立場を踏まえて意見を述べさせていただきます。
 自動車による交通事犯に対する刑事罰は、道路交通法によるものをおきますと、従来、業務上過失致死傷罪をもって行われてきましたところ、平成十三年に危険運転致死傷罪が新設されました。これは、飲酒運転や著しい高速度運転などの悪質かつ危険な自動車の運転行為による死傷事犯が少なからず発生している現実を踏まえ、危険性が極めて高い運転行為を類型化し、故意にそのような行為を行い、結果、人を死傷させた場合を、暴行による傷害罪、傷害致死罪に準じて処罰するというものでございました。六年後の平成十九年には、自動車運転過失致死傷罪が導入されました。これは、自動車運転による死傷事故について、業務上過失致死傷罪の法定刑の上限五年を七年に引き上げるというものでございました。さらに、六年後の本年、新たな刑事規制の導入が問題となったわけでございます。
 近時、自動車運転による死傷事犯数は減少傾向にあるとはいえ、依然として飲酒運転や無免許運転など悪質、危険な運転行為による死傷事犯が少なからず発生していること、そのような事犯に、現行の危険運転致死傷罪に該当せず自動車運転過失致死傷罪が適用された事件などを契機として、罰則の見直しを求める意見が見られるようになったことが法案の提案理由とされています。
 この提案理由から示されますように、本法案の主たる狙いは、その成立要件の厳格さのために危険運転致死傷罪の適用は困難であるが、事案の評価として自動車運転過失致死傷罪では不適切だというケースをとらえる中間類型の創設にございます。このような狙いは基本的に支持できると思われます。
 危険運転致死傷罪の法定刑が一年以上二十年以下の懲役、同致傷罪は十五年以下の懲役であるのに対して、自動車運転過失致死傷罪の上限は七年の懲役であり、法定刑という形式的な面から見ても格差があります。実際の科刑状況においても、平成二十年以降、危険運転致死罪の適用件数は十から二十人台と少なく、自動車運転致死罪との間で宣告刑にもかなりの相違が見られます。中間類型の創設というのは、立法の在り方として非常に実際的と考えられるからでございます。
 しかし、理論的には困難な面がございました。自動車運転以外の行為から人の死亡、傷害の結果が生じた場合には、傷害罪、傷害致死罪か過失致死傷罪かのいずれかしか成立いたしません。その中間に位置するとはどのような性格の犯罪類型なのかは、ある意味で我が国の刑法学の知らない領域でございました。刑事法部会ではそのような理論問題は取り上げられませんでしたが、個々の犯罪の成立要件を立てるに際しては影響してまいります。
 総じて言えば、法案に挙げられた処罰規定は危険運転致死傷罪にかなり引き付けた形で作られている、刑罰による解決に対して抑制的な態度を示していると思われます。これは刑事立法の在り方として基本的に妥当な方向性に基づいていると考えております。
 引き続いて、個々の規定について意見を申し上げます。
 まず、法案第二条第六号でございます。
 通行禁止道路では、人は、自動車が来ないとの前提で通行しているため、禁止に違反して進行してきた自動車に対応することが困難であり、そのような運転行為の危険性、悪質性は、赤色信号等を殊更に無視する類型、法案では二条五号に当たりますが、これに相当することから、従来の危険運転類型である第一号から五号に追加されました。通行禁止道路は、通行することが人又は車に交通の危険を生じさせるものとして政令で定めるもので、具体的には、一方通行道路や高速道路の中央から右側部分、いわゆる歩行者天国などが考えられており、大型自動車の通行が禁止された道路などは含まないとされます。
 この六号は、赤色信号等殊更無視の類型との同等性から見て合理性ある規制と思われます。赤色信号を殊更に無視するに相当する通行禁止道路であることを殊更に無視するとの要件が挙げられていないのは、通行禁止道路の場合、交差点における信号規制と異なり、刻一刻と規制が変わるといった事態が考えられず、そのような道路であると未必的に認識していれば足りることを理由としています。これは十分な理由と思われます。
 次に、第三条でございます。
 これは、危険運転致死傷罪の酩酊運転類型、法案によりますと一号に当たりますが、これに準じる危険性を有する運転行為を取り上げて、自動車運転過失致死傷罪より重く処罰するものととらえることができます。正常な運転に支障が生じるおそれがある状態とは、自動車を運転するのに必要な注意力や判断能力あるいは操作能力が、そうでないときの状態と比べて相当程度減退している危険性がある状態を言い、支障が生じつつあるあるいは生じている場合のほか、将来の走行中に支障が生じるおそれがある場合を含むとされています。具体的には、道交法上の酒気帯び運転の罪に該当する程度のアルコールを身体に保有する状態がこれに当たり、また、このような状態に対する故意が必要とされます。
 三条一項では、法案二条一号の酩酊運転類型が掲げる正常な運転が困難な状態での自動車走行よりも危険性がやや下がる状態での運転を取り上げて処罰の対象とされているわけですが、現行の危険運転致死傷罪における危険運転行為が身体に対する暴行に準ずるものと位置付けられており、更にそれに準ずる危険性を持つにとどまる行為を処罰対象とするためには、そこに故意が必要とされるだけでは不十分ではないかとの疑問が残ります。
 三条は、被害者の死亡、傷害に至る経過の中で、よって、正常な運転が困難な状態に陥ることを要件としているのは、そのような疑問に配慮したものと考えられます。法案の背後にある刑罰の投入に対する抑制的姿勢を表すものとも言えるのでありまして、全体として三条の立法提案は支持できると思われます。
 三条二項に、いわゆる自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものに関しましては、そのような病気に対する偏見を助長するのではないかとの御懸念が部会に対し関係する団体から強く表明されていました。しかし、政令で定めますのは、道路交通法等において運転免許の欠格事由とされる一定の症状を呈する病気のうち本罪を適用する前提となり得るものでありまして、決してある病気をその病名によって規制の対象とするのではなく、正常な運転に支障を及ぼす症状と結び付いた規制であることは部会の議論においても何度も確認されています。一定の病気に対する偏見が社会に存在するということは残念ながら否定できないものの、三条二項がそれを助長するものではないと考えます。
 引き続いて、第四条の過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪について申し上げます。
 現行の危険運転致死傷罪の酩酊運転類型では、アルコール又は薬物の影響が正常な運転を困難にする程度にまで及んだことを立証する必要があるところ、運転者自身がその立証を妨げる行為に出て同罪の適用を不当に免れる事態、いわゆる逃げ得を許さないとの趣旨に基づく規定でございます。
 四条の法定刑は十二年以下の懲役ですので、道路交通法上の救護義務違反の罪との併合罪加重により上限は十八年となります。逃げ得を許すなとの要請は被害者団体の方々から強く出されていたものであり、規定の趣旨はもとより、法定刑の重さも妥当と思われます。
 四条では、他人の刑事事件に関する証拠に限ってその隠滅行為を処罰する刑法百四条と整合するのかが問題となりました。刑事法部会では、百四条の規制が自らの刑事事件に関する証拠を隠滅しないように法が期待するのは困難であることを根拠とするとしても、その要請は絶対なものとは言えない、自動車の運転という危険な行為を例外的に許可されている者が自らの運転行為によって人を死傷させたとの特殊な状況下にあることや、アルコールや薬物の影響という、時間とともに消えやすく、その意味で隠滅が容易という特性を持つ証拠であることも考慮されるべきだといった意見が出され、四条のように規定する方向が支持されました。
 四条は、個々の要件の解釈でも、とりわけアルコール又は薬物の影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為とは何かについて議論が交わされ、検査までの時間稼ぎをする行為は全て免れるべき行為に当たり、処罰範囲が広過ぎないかとの批判が向けられました。しかし、血中アルコール濃度のような言わば時間とともに消えていく証拠であれば証拠隠滅行為の範囲が実際上広がるのはやむを得ないことであり、条文に例示されているいわゆる追い飲みのような積極的な対応に処罰対象を限る根拠も乏しいというのが多数委員の理解するところであったと考えております。
 恐らく、法案第四条の意義は、従来、理論的に壁と思われていたものをあえて乗り越え、自己の犯罪の証拠を隠滅する行為であっても悪質性が高ければこれを許さないとの断固としたメッセージを示した点にあり、むしろそのことを高く評価すべきではないかと思われます。
 最後に、第六条の無免許運転による加重規定について申し上げます。
 無免許運転につきましては、刑事法部会でヒアリングを行いました際、危険運転致死傷罪の対象とすべきとの御要望がありました。しかし、無免許それ自体が死傷結果との間で因果関係を認められることはないし、免許を持たない者の運転というだけで暴行に準ずる危険性があるとも言えないので、無免許は危険運転類型に当たらないとする従来からの理解は今回も維持されました。そこで、そのような御要望に無免許運転を加重事由とすることでこたえようとしましたのが第六条でございます。
 六条は、道交法上の無免許運転の罪が一年から三年以下の懲役に引き上げられるとの見込みの下、この罪と第二条から第五条の各罪が併合罪加重された場合の処断刑を導き、これをにらみながら刑の加重をする幅を決めています。
 なぜ加重して処罰できるのかに関しましては、無免許運転は自動車運転のための最も基本的な義務に反する点で著しい反規範性を有し、また、運転に必要な適性、技能及び知識を欠いている点で抽象的、潜在的危険性を帯びるところ、無免許運転で人を死傷させたケースではそれが顕在化、現実化したと評価できるからだというのが刑事法部会で承認された理解と思われます。
 もっとも、危険運転致死傷罪を始めとして元々重い法定刑が規定されていますので、併合罪によるものを超えて、更に加重した刑罰というのは余りに重くないかという疑問は出てまいります。部会におきましても、六条一号の無免許運転による危険運転致死傷罪の上限は二十年の懲役であるが、人の死亡を伴わないケースでは重過ぎないかとの御指摘がございました。しかし、刑の加重の根拠とされる無免許運転の反規範性、潜在的危険性の高さも軽視されるべきではなく、六条のような刑の加重もまた政策的に支持できる立法的決断と言えるものと思われます。
 以上、本法案に関しまして、法制審議会刑事法部会での議論を踏まえながら意見を申し述べさせていただきました。自動車運転による交通事犯について適切な刑罰、量刑を導くために従来より重い法定刑を伴う新たな犯罪類型を導入しながらも、他方で、刑事処罰の範囲拡大に対する慎重な姿勢も維持する本法案は妥当なものと思われ、なるべく早期に成立することを願うものでございます。
 御清聴誠にありがとうございました。

発言情報

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発言者: 塩見淳

speaker_id: 27476

日付: 2013-11-14

院: 参議院

会議名: 法務委員会