小谷真樹の発言 (法務委員会)
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○参考人(小谷真樹君) おはようございます。私は、京都交通事故被害者の会古都の翼の小谷真樹と申します。
本日は、法務委員会の参考人としてお招きいただき、発言の機会を与えてくださったことに心からお礼を申し上げます。
私の娘二人は、昨年四月に京都府亀岡市で起きた無免許少年による交通事件に巻き込まれ、長女は顔や体に、心までに傷を負い、次女は命を奪われました。事件の大要は報道もされており、本日までの委員会などで何度かお話しされておりますので皆様御存じかと思いますが、簡単に述べさせていただきます。
平成二十四年四月二十三日に京都府亀岡市の府道で、小学校に通う集団登校中の児童の列に無免許である当時十八歳の少年が運転する車が突っ込み、胎児を含む四人の命は奪われ、七人の児童が重軽傷を負わされるという極めて凄惨な事件です。もちろん、児童たちの列は決められた通学路の路側帯の内側を歩いていただけです。
加害少年は、一度も運転免許を取得したことがないだけでなく、以前にも道路交通法違反で保護観察処分を受けており、運転免許の重要性、交通安全に関する知識を学んでいたこともあって、危険運転致死傷罪の構成要件でもある未熟運転、いわゆる進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為に当てはまると私たち被害者遺族は思っておりました。しかし、加害少年は無免許を繰り返していただけに、かえって進行を制御する技能を有するようになり、処罰の対象から外されてしまいました。そして、平成二十五年九月、大阪高等裁判所での控訴審判決をもって、自動車運転過失致死傷罪と無免許運転の併合罪で、私たち被害者遺族の六家族ともがこの罪名での訴訟を理解できないまま刑事裁判は終了しました。以上が簡単ではありますが事件の大要です。
一方で、刑事裁判と並行して、お配りさせていただいた資料一、二に記載している署名活動をさせていただきました。大変多くの方々が御協力、御賛同してくださり、約三十万筆もの署名をいただくことができました。この経緯を経て、資料三、四に記載しておりますように、当時の法務大臣や国家公安委員長に要望書を提出させていただきました。そして、今回、関係省庁の方々の御努力もあり、異例の早さで無免許運転の罰則の見直しをしていただいていることには感謝しております。
法制審議会を始め衆議院法務委員会、先日のこの参議院法務委員会の中でいろいろと審議、議論もしていただきました。それらの資料も見た上で、交通事件の被害者遺族として今回の法改正について幾つか意見を述べさせていただきます。
まずは、何度も議論をしていただいていますが、危険運転致死傷罪の構成要件の一つである進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為の解釈の形です。
私としては、この条文を見たときからイコール無免許運転だと思っていました。それは今でも変わりません。道交法では、自動車及び原動機付自転車を運転しようとする者は、公安委員会の運転免許を受けなければならないとなっています。このようなことは成人のみでなく十代の子供たちでも理解していることです。そして、無免許運転者は、運転免許取得時や更新時に必要な適性検査すら受けておらず、車を運転する上で最も重要な視力などの身体的にも問題がある可能性があります。また、運転免許は、大型免許や大型特殊、二種免許など様々な種類で区分けされており、安全な交通社会に向けて現実的な法整備がされていると感じております。
他方で、刑法上とはいえ、進行を制御する技能をハンドルやブレーキなどを操作する初歩的な技能と解釈されるのは、私たちの意識とは乖離した法適用がされているとしか思えません。それとも、私たちの意識が間違っているのでしょうか。
本法律案では無免許運転による加重規定の新設として無免許運転の厳罰は一定されていますが、様々な議論をされた中で、無免許運転自体と死傷結果との間で因果関係が認められないならば、私たち被害者遺族だけでなく、社会に対して、無免許運転を積み重ねるほど技能があることが裏付けられるなんておかしい法律だと疑問を投げかけた未熟運転の進行を制御する技能という条文を、国民が分かりやすい条文に整備してこそ事案の実態に即した対処をするための法改正と呼べるのではないでしょうか。私自身はそう考えております。
次に、平成十三年の危険運転致死傷罪が設けられた際の国会議事録を読ませていただいて感じたことなんですが、当時も被害者遺族の参考人の方が危険運転致死傷罪から無免許運転が外されたことを強く御指摘されており、その罪が適用されるように検討を願っておられました。しかし、今日に至るまで見直しはされておらず、約十二年の間に無免許運転の犠牲になった方々や無免許運転の交通事故の件数は、皆さんちょっと手元にあるか分からないんですが、この法務委員会調査室が作成してくださった参考資料百二十四ページでも分かるように、決して少なくないですし、もちろんゼロでもありません。
交通安全に対する意識を欠いたドライバーは、自分が運転する自動車が時として人を殺傷することができる危険な凶器にもなるということすら気付かずに運転を重ねているわけですから、無免許運転は、どんなに運転の回数を重ねても危険な行為であることには変わりありません。
先日の衆議院法務委員会において、無免許運転の加重については、その施行後の適用状況を検証し、悪質な無免許運転による死傷を危険運転致死傷罪に含めることについても検討することという附帯決議を付けていただきました。その附帯決議を念頭に置いていただき、無免許運転が絶対に許されない、免許制度を軽視する風潮を生まない社会の実現にこれからもいろいろな政策を講じていただきますようお願いいたします。
続きまして、私たちの事件の直接的な原因とされています居眠り運転についてお話しさせていただきます。
先ほどの参考資料の五ページにも記載していただいているように、加害者の少年は、連日の夜遊びによる寝不足などにより強い眠気を催すなどしていたにもかかわらず、直ちに運転を中止すべき注意義務を怠り仮睡状態に陥り、自車を右方向に逸走させ事案が発生したとのことでした。そして、その連日の夜遊びによる寝不足というのが、約二日間での合計仮眠時間が車内での僅か五時間二十分程度というのです。
無免許でこのような状態で運転した少年に対し、大阪高等裁判所での控訴審判決では、自動車を運転する資格のない者が自動車を運転すべきでない状態で運転したことにあると言うほかはなく、過失の態様は一般の自動車運転者にも起こり得る一時的な不注意とは全く異質なものであり、その程度は非常に高いと判断され、破棄されましたが、一審の地裁判決でもその経緯に酌むべき事情は全くないと言っておられました。
このように、証拠において事実が明らかになった上でも、居眠りという言葉で過失の一くくりにされるのは理解に苦しむことではないでしょうか。
言うまでもないですが、たとえ運転をしていなくても眠たくなるのは当然です。その当然のことなのに、人の命がかかわる法律上では何一つ具体化されていません。交通事件によって娘を奪われ、傷つけられ、苦しみもがく生活を送る私たちに、法律が更に苦悩の追い打ちを掛けています。この点について、今回具体的な法の整備がされなかったことについては非常に残念に思っております。
皆様には、以上の問題点の指摘に対しもう一度再考いただいて、法案の修正あるいは早期の見直し規定、附帯決議などによる担保などをお願いして、私どもの被害者の意を酌んでいただければ幸甚に思います。
今回の法律案によって、現在想定され得る全ての事件、事故が、広く、分かりやすい法律によって各地の裁判所で結果に応じた量刑で裁かれること、また、そのことによって今後危険な運転行為の抑止につながることを心から期待しています。
交通事故は私たちの社会で最も身近で日常的な問題です。そして、人の命や人生に大きくかかわる問題でもあります。交通事故の死亡者数はピーク時に比べれば減少したと言われていますが、年間四千人以上の人の命が絶たれ、交通事故により重度の後遺症を負った方々が存在している現実を重く受け止めてください。
本法律案が成立した後も、理不尽に命を絶たれる者がなくなるよう、交通事件による悲しみや苦しみが生じることのないよう、国会議員の皆様には引き続き御尽力いただくことをお願い申し上げ、私の参考人としての最後の意見とさせていただきます。
どうもありがとうございました。