中谷元の発言 (予算委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○中谷(元)委員 この図を見て、本当にそのとおりですね、もう六十年たちましたが、しかし、まだ在日米軍が五万三千人ということで、私は過度に米国に依存をしていると思うんですね。もうそろそろ、日本は、しっかりと我が国の安全保障に重大な責任を負えるようにならなきゃいけないと思います。
私は、当選以来ずっと、数年前まで、在日米軍の有志と富士登山を一緒にやっていました。ウエルカム・マリン・プログラムということで、アメリカから日本に、周辺の安全のために一生懸命やってくれている人と日本を象徴する山に一緒に登ろうということで、奥様の昭恵夫人も一緒に富士登山をしました。
そこで感じたことは、最初の、登山口ではお互いに挨拶を交わす関係なんですけれども、一合目、二合目とずっと登っていくたびに、本当にきつく、しんどくなります。そういうときに、お互いに励まし合ったり、キャラメルを上げたり、そういうことで友情が深まり、さらに高くなっていくと、本当に自分のことだけでも大変ですけれども、みんなが一緒に登らなきゃということで、やはり、一緒に汗をかく、そして一緒に行動する、このことによって物すごいきずなと友情ができます。
私は、集団的自衛権というのはこういうことだと思うんですね。自分のことだけではなくて、相手と一緒に目的を達成するために、お互いに励まし合い、力を出し合う。テレビのコマーシャルで、崖に転落するときに助けるようなコマーシャルがありますが、そのように、やはり相手が危険にさらされたときに助け合うというのが集団的自衛権の本質だと思っております。
この点で、集団的自衛権の議論にちょっと移らせていただきます。
この図のように、一九四五年、憲法が衆議院に送付されたときに、吉田茂総理は、憲法九条第一項は自衛戦争を放棄していないが、第二項において戦力と交戦権を全面放棄したがゆえに自衛戦争も放棄した、日本の生存を、国際平和団体、すなわち国連に我が国の安全を委ねるという趣旨の答弁をしております。
一九五二年、このころに自衛隊が創設されていくんですけれども、一九五四年、自衛隊創設の年に、政府は自衛のための交戦は憲法上許されるという見解を打ち出しまして、政府の解釈の大変更が事実行われたわけでございます。
そして、主権を回復しまして数年たちまして、安保条約における在日米軍の駐留が憲法に違反するのではないかという裁判が行われました。これがいわゆる砂川事件、砂川判決でありますが、一九五九年、昭和三十四年、最高裁の大法廷は、皆さん立憲主義と申しますけれども、これはまさに三権分立の、法律の解釈、見解を決定する日本の最高機関でありまして、いわゆる憲法で定められた司法判断の場でありますが、この判決の中の主文にある考え方が今の政府の考え方になっていると考えます。
この主文の中におきまして、まず憲法九条においては、当時、日本は非武装のままでありまして、しかし、その前提となった国連は予定どおりに機能をしなかった、同時に、憲法は主権者である国民の生存を守ることを要請している、どうすれば国民の暮らしと平和を守りながら平和主義を貫くことができるかというのが九条の本質でしたけれども、そこで、最高裁の見解は、憲法第九条は、我が国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されていない、我が国が、自国の平和と安全を維持してその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとり得ることは、国家固有の権能の行使として当然のことと言わなければならないという見解を示しました。
そこで、お伺いをします。
総理、この砂川判決で示された我が国の自衛権の見解について、現在の政府見解の基本的な論理と軌を一にしておると考えますが、総理の御見解を伺います。