北側一雄の発言 (憲法審査会)
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○北側委員 北側一雄です。
先ほど、昨年七月一日の閣議決定と立憲主義との関係について御意見がございました。私の立場から、この問題について一言発言をさせていただきます。
御承知のとおり、日本国憲法第九条には、第一項で戦争の放棄に関する規定、第二項に戦力の不保持に関する規定がございます。しかしながら、憲法九条のもとでどこまで自衛の措置が許されるのか、その内容については憲法規定の中には必ずしも明確に書かれておりません。
憲法九条と自衛の措置の限界というテーマにつきましては、どこで憲法九条解釈をしてきたかといいますと、これは長年、国会と政府とのやりとりの中で、公式な質疑の中で政府が九条解釈を形成してきた、こういう経過でございます。
本来なら、最高裁判所が判断をすべき機会もあったわけでございますが、残念ながら、高度な政治判断、政治性を有するものについては司法審査になじまない、こうした立場に立って、最高裁は判断をしておりません。明確な判断をしていない。そういう中で、九条解釈については、専らこの国会、そして政府とのやりとりの中で形成をされてきた、こういう歴史があるわけでございます。
私も、過去の政府見解を詳しく調べさせていただきましたが、この九条の問題と、それから九条と自衛の措置の問題につきまして一番論理的に明確に述べておりますのは、昭和四十七年十月十四日の政府側から提出された見解でございます。これまで何度も政府の見解が出ておりますが、その中心となっているといいますか、その根幹となっている見解というのは、この昭和四十七年見解が非常に論理的に書かれておりまして、その後の政府見解もこれを踏襲しているという内容でございます。
この四十七年見解といいますのは、九条というのは自衛の措置を認めていない、そんなことは考えられない、自衛の措置は認められてはいるけれども、その自衛の措置の限界がどこにあるのかということを極めて論理的に展開をしている見解でございます。
それはどういう表現をしておりますかといいますと、一番ポイントの部分でございますが、外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認される、このような見解を出しております。
私は、ここが憲法九条解釈の根幹に当たる部分、九条と自衛の措置の限界という意味で根幹に当たる部分がこの部分だというふうに思っております。
その論理の中で、これまでの政府見解との論理的な整合性を図る中で、九条の措置の限界がいずこにあるんだというものを突き詰めて議論しましたのが、昨年の七月一日の閣議決定であったというふうに認識をしております。
新しい自衛の措置についての三条件を、この政府見解の枠内で新たに定めているわけでございます。
第一要件として、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、第二要件に、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、そして第三要件に、必要最小限度の実力を行使するという新たな三要件を定めたわけでございます。
私は、この七月一日の閣議決定というのは、これから論議がなされると思いますけれども、九条のこれまでの法理、規範の根幹は変えておらず、その中で九条の限界について見解を示したものというふうに考えております。専守防衛、自国防衛という立場は全く変わっておりません。
そういう意味で、立憲主義との関係で申しますと、この立憲主義に反するものではないというふうに考えております。
以上でございます。