山田賢司の発言 (憲法審査会)
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○山田(賢)委員 ありがとうございます。
私、憲法学界でもなく、法曹界にいる人間でもないので、今の説明を聞いても全然よくわからないんですけれども、大日本帝国憲法をポツダム宣言で変えたというならわかるんですけれども、ポツダム宣言を受諾したのは八月で、憲法を改正したのはその後で、二十二年に、二年後に変わっているわけですね。その間、大日本帝国憲法なんだけれども国民主権の時代があった、こういうことでございましょうか。
はい、ありがとうございます。
また、日本国憲法は、日本国民の総意に基づいてというふうに書いてあるんですけれども、日本国民の総意が本当にあったのかということを大変疑問に思っております。確かに、皆さんが受け入れたということでいえば、それは、その後六十八年間受け入れているんですから総意はあったんでしょうけれども、当時は言論統制のもとにありまして、日本国憲法に対する批判は許されなかったということがいろいろな資料で明らかになっています。
私がまた陰謀論にくみしていると思われてもいけないので、GHQが出している資料というのがありまして、これの中を見ると、「クリティシズム オブ スキャップ ライティング ザ コンスティチューション」と書いていて、スキャップ、連合国最高司令官がこの憲法を書いたということに対する批判は書いちゃいけない、そういったことを書いたものは削除しなさいという指令が連合国においてなされているんですね。
日本国憲法というのは、今まで大日本帝国憲法下においては、いろいろな人権が、国民の人権が制限されてきた、あるいは言論の自由がなかったといっているんですけれども、日本国憲法が施行された後も言論統制が行われていて、日本国憲法の制定過程に対する批判は許されなかった。そんな中で日本国民の総意があったと果たして言えるのか。この点について、長谷部先生、御見解がもしありましたら教えていただけますか。