井野俊郎の発言 (法務委員会)
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○井野委員 ありがとうございます。
続いて、川出先生にちょっとお伺いさせていただきます。
先ほど、他人の犯罪を供述することによっても、ある意味、自白と同様な機能があるから、減軽することも理論上は可能ではないかというお話であったかと思います。
私がちょっとお伺いしたいのが、取引による供述。私が思うには、自白というのは、ある意味、自己の反省といいましょうか、自首のようなものといいましょうか、反省をあらわしたから裁判所は減軽しようという機能があるかと思うんですね。逆に、取引によって他人の犯罪を供述することに対して、そこに内省というか反省の情というものが果たしてあるのかなというところはちょっと疑問に感じたところでございましたので、その理論的な部分を少し御説明をしていただきたいということ。
あと、虚偽供述の引っ張り込みの危険性については、基本的には裏づけがなされる、裏づけがなければ基本的には使用されないのではないかというお話がありましたけれども、共犯者供述でも裏づけがなかなか難しいものがやはりあるのかなというふうに思います。
例えば、この前の質疑でちょっと私は例に挙げさせていただきましたけれども、ある会社が政治家に政治献金をしたとしたときに、それが単なる政治献金なのか、はたまた賄賂性を持ったお金のやりとりなのか、お金には色がないわけですから、ある意味、賄賂性があったかどうかというのは証言によらざるを得ないのではないかというところはあるんですね。
そこら辺について、裏づけが必ずしもとれない場合について、では、その共犯者供述の信用性といいましょうか、その点についてどう考えていいのか、ちょっと御示唆いただければと思います。