福山哲郎の発言 (外交防衛委員会)

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○福山哲郎君 おはようございます。福山でございます。よろしくお願い申し上げます。座らせていただきます。
 参考人の先生方におかれましては、大変貴重な御意見をいただきまして、お忙しいところ、本当にありがとうございました。時間が十分しかないので、駆け足でよろしくお願いいたしたいと思います。
 まず、渡部先生にお伺いをしたいと思います。
 先生の九八年の論文を私も読ませていただきました。山本七平先生の「「空気」の研究」は、まさに保守派の論客である山本先生の名著だと思いますが、私も昨年、予算委員会で安倍総理に向かってこの「「空気」の研究」の一部分を読み上げまして、今の日本の安全保障法制の議論について少し警鐘を鳴らさせていただいたこともあったので、まさにこのことを渡部先生が書かれた中で、非常にすばらしい論文だったというふうに思います。
 その中でお伺いをしたいのは、まさに国防と市民の自由に関する相反するものをどう調整をしてお互いが納得のプロセスをつくっていくかというのが民主国家にとって大変重要な形だと思っております。アメリカは、もう先生御案内のように、それぞれのシンクタンクが、軍事的な専門知識を持った研究者も含めて多くの議論がなされる中で、一定の市民社会とのある種合意形成に努力をされていると。渡部先生のこの九八年の論文は、日本の社会はまだそこが薄くて、我々のような国会議員や市民社会の中にそういった専門性のある方々のある種のコミュニティーをつくることによって先ほど申し上げた矛盾したものを何とか乗り越えていこうという趣旨だというふうに承っておりますが、この論文以降、日本の社会は一定そちらの方向に向かっているのか、逆に言うと、そこから余り向かっていないのか、今の先生の評価をもしお聞かせをいただければ有り難いと思います。
 武蔵先生にお伺いします。
 武蔵先生の防衛省の設置法等についての論文も非常に深い洞察が歴史的にあると私思っておりますが、一つ私なりに疑問なのは、いわゆる自衛隊法の九条二項と設置法の十二条の中で、軍事的合理性を損なうというそもそもの批判が存在をしているような条文が存在をずっとし続けてきたと。いわゆる文官統制も、武蔵先生の論文にあるように、当初、戦前の反省から内局は警察官僚や大蔵官僚が中心に占めてきて、そこの中でのある種制服を抑えるという役割だったのが、防大出身の内局もいらっしゃる中で、逆に制服と背広で方向性がある意味一致するような状況が、現状、そこは実は文官統制とはいいながらかなり変化をしてきたのではないかなと思うんですね。
 その中で、先ほど申し上げた設置法の十二条と自衛隊法の九条二項の、一見すれば矛盾すると言われるようなものがどうして歴史的に共存してきたのか、それから、どうしてこういったことが起こり得たのかについて、歴史的な経緯も含めて教えていただければ有り難いと思います。
 西川参考人にお伺いしたいんですが、実は今回の安全保障法制で、かなり自衛隊の訓練状況や、西川参考人が先ほど言われた防衛装備等も変わると一般的には思うんですね、何せ機能が変わるわけですから。しかしながら、どうも今の政権は、防衛大綱も変わりません、中期防も変わりません、装備も変わりませんという答弁を実は今回の審議の中でしているわけですけれども、このことについて我々ちょっと、逆に言うと、自衛隊員の安全を守るためにも装備も訓練も私たちは変わるはずだと思っておりまして、そこのことの今の安倍政権の言われている矛盾みたいなものについて、西川参考人はどう考えられるかについてお答えをいただければと思います。
 佐藤参考人にもお伺いしたかったんですが、済みません、時間が多分三人に答えられると多いので、申し訳ありませんが、割愛をさせていただければと思いますが、お許しください。ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 福山哲郎

speaker_id: 23476

日付: 2015-05-28

院: 参議院

会議名: 外交防衛委員会