高井芳樹の発言 (政府開発援助等に関する特別委員会)
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○参考人(高井芳樹君) じゃ、座ったままお話しさせていただきます。
まず、ODAのお世話になって大変良かったなと思った点から申し上げます。
一番目は、私たちは田舎におるものですから本当に世間を知らなかったんですが、非常に良いコンサルタント会社に出会ったと。このコンサルタント会社一つで随分違うんじゃないかなというふうにあちこち見て思いました。私たちは運が良くて、本当にいいコンサルタント会社に出会えたということが一つですね。
それから、FSなどの調査のおかげで、部品の調達先が知ることができたわけですね。カンボジアは、御存じのように、鉄板一枚も買えない、鋳物屋もない、工作機械を持った外注工場もない、そういうようなところなんですが、現在は。ですから、我々は部品を調達するのに随分苦労したんですが、隣のタイとかあるいはベトナムに進出している日系企業だとか部品会社を知ることができたということですね。
それから三つ目は、知名度が上がったということですね。
最後と申しますか、これが一番大事な、うちにとっては良かったんじゃないかなと思うのは、御存じのように、ASEAN十か国が今年の十二月の末をめどに経済統合をしようとしていますね。私たちはこのODAに関係する前からこれが一つのチャンスだなと思っていたのですが、ASEANのほかの国もみんなロングライスが主流なんですよね、米は。そこ向けの精米機の開発がこの機会にできたと。人間というのは学校の試験があるから勉強するわけですよ。そういうようなもので、何かがないとやらないものなんですが、幸いにしてこのODAに当たったものですから、これはこのときにひとつやろうということで開発して、苦労して成功しました。これが一番大きかったと思います。
それから、反省点としては、まず、カンボジアのフン・セン首相もおっしゃるんですが、うちは精米機屋なんだけれども、農協をつくる手伝いしてくれと言われるんですよ。そういうことは、私は、機械屋はできませんと、その代わり、大使館に行って、こういう要請がありましたよ、日本のJICAを活用してでもいいから農協をつくる専門の方を派遣してあげてくださいということは言いますと。うち自身は農協づくりはできないということをはっきり言いました。
そういうことで、機械屋なものですから、カンボジアの農水省の人たちとの打合せがちょっと不足したんですね。その結果どういうことが起きたかというと、どの範囲まで農協の人の、例えばオペレーターだとか白米になったお米を販売する営業マンだとかをどの程度まで教育するかという話合いが不十分だったわけですね。ですから、一番困ったのは、オペレーターを一つの農協で四人選んでもらって四人にびっしり教育したんですが、三月ほどで辞めていくんですよ、何が不満だったのか知りませんけれども。そうすると、替わった人にまた新しくゼロから教えなきゃならない。そういうのをいつまでやったらいいのかということが分からなくて、今非常に苦労しております。そういう前もって向こうの農水省と十分打合せしなかったというところが反省点ですね。
あと、今後、中小企業として我々のような零細企業が海外へ出ていくに当たって、そういう企業の方々にお話ししたいことは、まず、非常に、僕らの想像以上に多くの人が、例えばカンボジアとかベトナムとかタイとかマレーシアだとかいろんな、ああいう東南アジアの人たちの中から、想像以上に多くの人が日本に留学しております。文部省留学というのは統計で分かるんですよ。私費留学というのは、なかなかどれだけいるか分からないんですが、結構いらっしゃいます。こういう、日本に留学をして日本語も話せる、それから日本人の価値観も理解できる、そういう人が必ずおりますから、そういう人の活用、これが非常に大事だなということを思いました。
それから、先ほど言いましたように、いいコンサルタント会社に恵まれたと言いましたが、コンサルタントを探すといいますか、見付けるのに時間が掛かってもいいから慎重にやった方がいいよと、僕らは恵まれて良かったけれどもと、そうでないところもありますので。そういうことが皆さんへの、私たちの、何といいますか、参考であります。
以上でよろしゅうございますか。