田島泰彦の発言 (内閣委員会)

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○参考人(田島泰彦君) よろしくお願いします。
 資料の方を二点、お手元に用意をしてあります。一つは発言メモという簡単な一枚のペーパーですけれども、今日、私が発言をしたいと考えています項目及びそこでの議論の対象になっている事柄、それを簡単に記してあります。およそこの順序に従いまして話をさせていただくつもりでおります。
 それからもう一つは、大きいA3の紙で、これちょっと印刷が余り鮮明でないので申し訳ないです、印刷機の調子が余り良くなかったのか。これもちょっと報告の中で関係するんですけれども、イギリスで、特に番号法あるいは共通番号法という形に関係してイギリスでどんな経験があるのかということで、私が書いたものの一部を抜粋をした本です。この「共通番号制度のカラクリ」というところで私が書いているものです。
 それでは、先ほどのメモに従いまして発言をさせていただければと思います。
 特に、今日は個人情報保護法の改正の問題についても後で触れるつもりでおりますけれども、専ら番号利用法あるいは共通番号法、ちょっと言い方がまちまちですけれども、同じものだというふうに受け止めていただければと思います。それを中心にして意見を述べさせてもらえればというふうに思います。
 まず一番目のところで、秘密保護法と共通番号法というタイトルのところです。
 御承知のように、二〇一三年、二年前でありますけれども、かなりの議論の中で秘密保護法、特定秘密保護法という法律が成立をしました。その同じ年の前半に、いわゆる番号法、共通番号法、番号利用法、様々ですけれども、言い方は、この法律も成立をしました。マイナンバー法という言い方もできると思います。
 私の目から見ると、この二つの法律というのは、これ無関係な法律では実はないのではないかというのが私の問題意識です。この二つの法律は、いずれも私たちの国の言論の在り方あるいは情報の在り方に深く関わる立法提案であったというふうに考えます。
 私は、この二つ、いろいろな側面があるんですけれども、共通しているのは何かというと、情報というのをどういう形でコントロールをしていくのか、管理をしていくのかという点で二つの法律は通底をしているものがあるのではないかというふうに感じております。一言で言ってしまうと、両方の法律とも、言わば市民の観点からというよりは、分かりやすい表現で言うとお上というんでしょうかね、管理する側の人たちの立場から様々な言論や情報を全面的、包括的に規律をしコントロールしていくという方向が共に見て取れるのではないかと。それは、私から見ると少し危惧すべき方向ではないのかなというふうに思います。
 国家秘密に即して、表現規制を含めて情報の秘匿、禁圧を幅広く進める提案、これが一言で言うと特定秘密保護法という提案であって、それからもう一つ、マイナンバーを付して、番号を付して、税と社会保障を始めとする広範な情報をコンピューターで管理をして、それぞれの情報をひも付けしてそれを進めていくという、これがいわゆる共通番号法、マイナンバー法の制定ということだと思います。
 この立法というのは、言わば市民の個人情報の収集、管理、それから利用というあらゆる局面で情報の統制やコントロールを進めるという、言わば、ただ単に情報を出さないというだけではなくて、情報を積極的に、かなり重要な個人情報を集め管理するという、そういう形での進め方なのかなというふうに考えております。
 このように、情報の統制とかコントロールというのは、一方で市民が知るべき情報は秘匿、禁圧し、他方で、ちょっと踏み込むべきではないのではないかと思われるような様々な市民情報を過剰に管理、利用する、そういう手法にほかならないのではないかというふうに考えております。
 それで、次、二の方に行きます。番号利用法の改正についてということです。ここでは四つぐらい、少し私の立場から検討が必要かなというふうに考えております。
 今回の法改正については、まず、私の立場からすると、二つの点で異論があります。
 一つは、その手続と手法についてです。
 実は、御承知のように、二〇一三年に成立した番号法、マイナンバー法は、その附則で、その利用範囲の拡大については法律の施行後三年を目途とするというふうに明記をされています。しかし、まだ三年もたっていない、実施もされていないわけですけれども、それを待つことなく重要な利用拡大措置がとられようとしているというのが現状だと思います。しかも、大事な事柄は、憲法上のプライバシーに深く関わる市民の個人情報の取扱い、特に過剰な管理や利用を広げるという提案です。
 やはり私は、そういう手続的な観点から見ても慎重な対応が求められるべきであって、拙速な対応というのはよろしくないのではないかというふうに考えております。
 もう一つは、拡大される番号利用の対象である個人情報の性質あるいは内容に関わります。
 法律の当初の対象である社会保障、税、災害分野に関わる個人情報を超えて、利用範囲を、預貯金口座という金融分野、さらには健診情報や予防接種履歴などの医療分野にも利用を広げ、こういう形で民間利用を一気に進めるということが想定をされています。預貯金口座は所得や資産情報に直結する極めてプライバシー性の強い個人情報ですし、それから健診情報や予防接種履歴は医療情報そのものであって、ある意味で預貯金口座以上に、あるいは少なくともそれと同じぐらい重要な、極めてセンシティブな個人情報だと思われます。
 番号をマスターキーにして、こうした情報と他の一連の情報を寄せ集めて、名寄せして、マッチングして、管理、活用するということには、やはり一層慎重な対応が求められるはずではないでしょうか。
 危惧されるのは以上にとどまらず、番号利用は、さらに、健康保険証の機能を更に加えたり、戸籍、旅券、医療、介護、自動車登録など広範な事務への拡大が政府部内で既に検討されていることが報じられています。これも含めて考えると、もう膨大な個人情報がとどめもなく進むと。それを番号一つで管理され、利用されることになってしまわないかというふうに思います。
 法改正の対象となっている番号制度というのは、従来からの住基ネットを踏まえて、社会保障、税、災害、金融、医療など官民を問わない市民の個人情報について、番号をマスターキーとしてひも付け、名寄せ、突合、データマッチングなどコンピューターで一元的に管理し、さらには警察利用や秘密保護法の適性評価の資料利用も可能とし、個人番号カードの利用も更に広がって、住基ネットをはるかにしのぐ極めて本格的な、従来でいうと本格的な総背番号制というものが想定をされているというふうに考えざるを得ません。
 こうした体制の下では、大量の個人情報の漏えい、不正使用や成り済ましの危険が格段に高まる一方で、個人の情報が過度に官によって管理され、濫用される危険も大きいと言わなければなりません。
 憲法はプライバシーの権利を市民に保障しており、現代社会においては、この権利は自己情報のコントロール権として構成し、理解することが求められます。共通番号制、マイナンバー制のような仕組みは、この意味での憲法上の権利を侵害することにはならないのでしょうか。番号制のような仕組みの導入により、多少のメリットがあるのは確かだとしても、憲法上の権利の重要性を考えると、今回の法改正のみならず、元々の番号法、マイナンバー法の設計自体に立ち返って再検討する必要があるように思われますし、もし制度を前提とするにしても、個人が拒絶権を行使でき、それによる不利益を及ぼさない工夫が最低限求められるのではないでしょうか。
 この時点で、あと五十分まで数分を残すのみになっておりますので、途中のイギリスの経験、それから、さらには個人情報保護法の改正については質疑の中で必要があればお話をするということで、一番最後に一言加えて、私の発言を終えることにしたいと思います。
 結論から言うと、そもそも国の情報や個人情報というのは一体誰のものでしょうか。国の統治をする統治者や役人など、お上のものでしょうか。その立場から情報を統制したりコントロールすべきものなのでしょうか。
 そうではなくて、自由で民主的な社会にあっては、情報は市民のものであるはずです。その立場からしますと、一方で、市民の知る権利と情報公開の徹底、表現、報道の自由の擁護ということが求められますし、他方で、プライバシーと自己情報のコントロール権の確立が求められるはずです。
 この後者の点で、特に今日、発言の中では個人情報保護法の改正については触れられませんでしたけれども、後者の番号利用法の改正と、その前提になっている番号法には疑問を強く感じざるを得ないというのが私の意見であります。
 これで発言はおしまいにしたいと思います。どうもありがとうございました。

発言情報

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発言者: 田島泰彦

speaker_id: 14962

日付: 2015-06-02

院: 参議院

会議名: 内閣委員会