泉澤章の発言 (法務委員会)
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○参考人(泉澤章君) まず、先ほどの写真のことですけれども、私もこの裁判、別に担当したわけではなかったので、なぜこれが出せなかったのかよく分からないというか、多分、公判前整理手続をやったのであれば、そこでかなり絞り込まれたのかなという気はしますが。私が見ても、個別の事件に別の弁護人が口を出すというのは本当によくないんですけれども、ただ、私が見た限りでは、やはり被害の感情もそうですし、被害の状況ですよね、状況をある種客観的に示しているということがあるので、確かに小沢参考人がなぜこれがというふうに思ったのはある程度うなずけるかなというふうには思います。ただ、あくまでも、私が担当していなかったので、外野からの声ですので余り参考にならないかもしれません。
その上で、証拠のことなんですけれども、先ほどの繰り返しになるかもしれませんが、一番私ども裁判員裁判が開始されるというときに恐れたのが、やはり証拠が非常に絞り込まれるんじゃないかということだったんですよね。有罪方向に向けての証拠が絞り込まれるというのであれば、弁護人の立場からいえばそれはいいかもしれませんけれども、しかし、実は絞り込むという作業の中でこちらに有利な証拠だってあることもあるわけですよね。類型証拠開示や争点関連証拠開示で全部出ていればいいですけれども、そうじゃない可能性ももちろんあるわけでありますし。
あともう一つは、やはり弁護側の立証のときにもやはり出したい証拠というのが実はあるわけなんです。それがやはり、いや、これは主張と関連しないとかそういうことで絞り込まれていくことによって、最終的には事件の真相、全体像が分からなくなるということもあり得ると。そうすると、言ってみれば、本当に弁護人のやり方、裁判体の対応等によって有罪、無罪がはっきり分かれてしまうと。ある程度、それこそ差があるかもしれませんけれども、それはいかがなものかなというふうには考えました。
私ども、昨年やった千葉の裁判なんかでも、これも繰り返しになるかもしれませんが、弁護側の方でもこれは裁判の証拠として出したいんだと、ところが裁判所の方では、いや、それは何と関係するんだと、関連する証拠じゃなかったらやっぱりこちらはちょっとという話になって、率直に言ってかなりもめました。私も、裁判官に対して悪態つくわけじゃないですけれども、非常に緊張関係に立ったんですけれども、でも最終的にはやはり、こういう趣旨の下で出すということで裁判所としては認めた上で、適切な判断に私は至ったというふうに思います。そこでの裁判所の対応は最初はやはりいかがなものかと思ったんだけれども、最終的には適切な対応を取っていただいて出せたというふうに思います。それによって、やっぱり裁判員は証拠をきちんと見て事件の全体像が分かる。その中で、果たしてそれは犯人とされている人が認識あったのかなかったのかというところで判断したんだと思うんですよね。
だから、証拠の絞り込みというのは審理をきちんとやるため、また合理的な期間でやるためには必要なのかもしれませんけれども、余り絞り込むと非常に危険だというのは今でも変わりません。これ、裁判員裁判自体が誤判や冤罪の防止に役立ち得ると先ほどありましたけれども、しかし、こういう点をこれからの運用で非常に絞り込んでしまったりすると逆の作用もあるんじゃないかというふうに私も考えています。
以上です。