木村義雄の発言 (本会議)

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○木村義雄君 ただいま、院議をもちまして議員在職二十五年の表彰を賜りました。大変光栄に存じます。心から御礼申し上げます。
 また、敬愛する溝手先生より御丁重なる御祝辞をいただき、誠にありがとうございました。
 思えば、昭和五十年、勤めていた銀行を辞め、父木村武千代の秘書として政治の道に入って四十年、その間ずっと議員在職二十五年の表彰をはるかかなたの出来事と思っておりましたので、誠に感無量でございます。
 ここまでの歩みを続けることができましたのも、ひとえに家族を始め、郷土香川、そして全国の支援者の皆様のおかげであり、厚く御礼を申し上げます。
 私の国会への挑戦は、昭和六十一年七月の衆参同時七夕選挙でございます。当時、県議会議員であった私は、父の引退の後を受けて立候補いたしました。選挙区では、私と同姓同名の候補者を立てられ、大激戦の末、投票日の翌日の午後、僅か千二十一票の差で初当選、当時の中曽根総理から、おめでとう、君がちょうど我が党三百番目の当選者だとお祝いの電話をいただきました。
 それ以来、今日まで、政治家の使命とは、国民の生命と財産を守り、この日本の国の領土を守ることであるという信念の下、邁進をしてまいりました。
 特に、厚生行政に関しましては全力投球をしてまいりました。そのきっかけとなったのは、父が脳梗塞で倒れたことでした。当時は、まだ介護保険制度もなく、半身不随で退院をしてきた父を介護するにも家族だけでは限界があると感じ、このままではみんなが倒れてしまうという状況を目の当たりに見たからであります。
 介護のみならず、私たちが生きていく上で限界まで追い詰められたとき、社会的なセーフティーネットがあれば生きる希望を失わずに済む、明日への力を持つことができると、こう思い、あらゆる分野での法整備、システムづくりに尽力してまいりました。
 郷土香川、豊島での産業廃棄物処理の解決策、確定拠出年金制度の創設提言、そして障害者自立支援法施行時の混乱を収拾するための一千二百億円の基金の創設など、様々な問題に取り組んでまいりました。
 平成二十一年の政権交代選挙で議席を失って以来、四年間のブランクの後、全国の支援者の皆様のおかげもあって、平成二十五年七月の参議院比例区に当選、再び国政に復帰することができました。良識の府である参議院は、任期が六年もあり、じっくりと政策に取り組むことができます。
 私は、参議院議員であることを誇りに思い、参議院の特性を生かし、審査能力を研ぎ澄ませ、国民の期待により応えられる政策を実現できる議員になるよう、研さん、努力を続けていく所存でございます。
 最後に、今日の私があるのは、私の家内が今まで陰になりひなたになり献身的に支えてくれたおかげであります。本当にありがとう。
 そして、議員の皆様、御清聴、誠にありがとうございました。(拍手)
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発言情報

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発言者: 木村義雄

speaker_id: 17286

日付: 2015-04-24

院: 参議院

会議名: 本会議