風間直樹の発言 (内閣委員会)
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○風間直樹君 それが逆に国民にとってはサプライズだったわけでありまして、今後そういうことがないように、十分関係機関と連携を取って進めていただきたいと思います。
では、次の質疑に移ります。遠藤大臣、ありがとうございました。
続いて、沖縄の基地関係の問題に入らさせていただきたいと思います。
今日は、菅官房長官と島尻大臣、よろしくお願いします。
先日、福岡高裁の那覇支部の和解勧告が出て、国と県が受入れをしたと。我々、現在の自民党政権においても、私どもの民主党政権当時も、この辺野古の新基地をめぐる問題は非常に苦労している、お互いに苦労している問題だというふうに認識をしております。
私も、昨年一年間、沖北の委員長を仰せ付かりまして、沖縄に随分伺いました。今日はちょっと歴史をたどって、今日のこの問題にお尋ねを進めていきたいと思います。
私も国会議員になるまでは、沖縄の米軍基地の問題というのは内容を詳細に把握していたわけではありませんし、国会議員になりましてからいろいろ勉強しまして、歴史的な経緯についても学ばせていただきました。その中で、一体沖縄の基地の根源、根本的な歴史的な理由、沖縄に米軍基地が置かれた理由というのは一体どこにあるんだろうという問題意識を持っていたんですが、最近それについての新しい歴史的な事実が公になりましたので、まずそこからお尋ねを始めたいと思います。
昭和天皇のいわゆる沖縄メッセージであります。去年の秋に宮内庁から「昭和天皇実録」が発行をされました。この実録は非常に大部にわたる書籍でありまして、記録されている期間も非常に長年にわたるわけですけれども、沖縄に関して非常に強く関係する部分が記載されているのが、一九四七年九月十九日の「昭和天皇実録」の記録であります。今日は配付資料で当該部分をお手元にお配りをさせていただきました。そちらを御覧ください。
ここに記載されている記録が沖縄メッセージでありますが、これが戦後沖縄の軌跡を決定付けたと言われている内容であります。ちょっと議事録に残すためにこの内容を読ませていただきます。
一九四七年の九月十九日の記述です。金曜日午前、内廷庁舎政務室において宮内府御用掛寺崎英成の拝謁をお受けになると、昭和天皇がお受けになったと。なお、この日の午後、寺崎は対日理事会議長兼連合国最高司令部外交局長ウィリアム・ジョセフ・シーボルトを訪問する。シーボルトは、このとき寺崎から聞いた内容を連合国最高司令官及び米国国務長官に報告をする。最高司令官は当時マッカーサー元帥であります。この報告には、天皇は米国が沖縄及び他の琉球諸島の軍事占領を継続することを希望されており、その占領は米国の利益となり、また日本を保護することにもなるとのお考えである旨、さらに、米国による沖縄等の軍事占領は、日本に主権を残しつつ、長期貸与の形を取るべきであると感じておられる旨、この占領方式であれば、米国が琉球諸島に対する恒久的な意図を何ら持たず、また他の諸国、とりわけソ連と中国が類似の権利を要求し得ないことを日本国民に確信させるであろうとのお考えに基づくものである旨などが記されると、このように「昭和天皇実録」が記載をしています。
この沖縄メッセージは、最初に発見をされましたのは、御案内のとおり、現在の筑波大学の進藤榮一教授でありまして、それが一九七〇年代に雑誌の「世界」に掲載をされました。以来、非常に注目を集めたメッセージであります。
ここに記されている内容をかいつまんで要約をしますと、昭和天皇が御用掛の寺崎さんを通して当時のGHQのシーボルトを訪問させて、寺崎さんからシーボルトに対して昭和天皇御自身のメッセージを伝達させたということです。
その内容は、天皇御自身がアメリカによる沖縄及び琉球諸島の軍事占領を継続してほしいと希望されていること、これがまず第一点。二点目としては、その占領がアメリカの利益となり、また日本を保護することにもなると考えているということ。そして、三点目に、アメリカによる沖縄などの軍事占領は、日本に主権を残して長期貸与の形を取るべきだということ。この長期貸与は、原文では二十年から五十年というふうに記載をされています。そして、次の点として、この占領方式であればアメリカが琉球諸島に対して恒久的な意図を持たないということ、また、ほかのソ連や中国などの国が同様の権利を要求しないということにつながるだろうと、それを日本国民が確信し安心できるだろうと、これがポイントであります。
私もこのメッセージを今までいろいろと考えまして、当時の昭和天皇がお考えになった目的を一言で言えば、敗戦後の日本において、当時のソ連やあるいは中国といった共産主義の脅威に対して我が国の国防をいかに図るかというこの意識、認識を強く昭和天皇がお持ちになっていたということだろうと考えています。
一方で、私自身は、今日の在沖米軍基地の問題を始め、我々政治がまさに直面している安全保障上の問題の多くが実はこの沖縄メッセージから来ているということも一部事実なんだろうと感じております。
そこで、菅官房長官と島尻大臣にお尋ねをするんですが、お二人はこの沖縄メッセージが日米の地位協定の締結に与えた影響というものをどう認識していらっしゃいますでしょうか。