辻元清美の発言 (憲法審査会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○辻元委員 民進党の辻元清美です。
 私は、本日のテーマであります憲法公布七十年を振り返って、日本国憲法の意義と、そして憲法制定過程と憲法論議のあり方について意見を申し述べたいと思います。
 まず、日本国憲法が果たしてきた役割について、最近、世界じゅう、そして日本で、女性の政治リーダーの活動が注目されております。
 私たち女性は、戦前、基本的人権が実質的に制限されてきた。政治的な参加権も、そして婚姻の自由も十分認められているとは言えませんでした。
 しかし、戦後、憲法二十四条のもとで個人の尊厳、両性の本質的平等がうたわれ、このおかげで、女性も自由に発言し、活動ができるようになりました。この審議会は三人しか女性はいませんのでまだ不十分ではありますが、戦前とは大違いです。四人ですか。済みません、見えなかった。
 憲法九条については、非常に特徴的な条項と言われておりますが、去年の安保法制の議論のときに、安倍総理は、日米安保条約改定の折も戦争に巻き込まれる論があったが、戦後、巻き込まれていないじゃないかという御発言をされましたが、日米安保条約はあったけれども戦争に巻き込まれなかったのは、憲法九条で集団的自衛権の行使を制限してきたからだと私は考えています。
 戦後、朝鮮戦争やベトナム戦争に、もし集団的自衛権の行使を認めていたならば、参戦していた可能性も否定できないからなんです。実際、七十一年間、戦争によって一人も殺されず、そして殺さなかったということは、憲法九条の歯どめがあったと思うんです。
 言論の自由も戦前は制限されておりました。安倍総理はよく美しい国という発言をされますけれども、言論の自由が制限されたり、女性の権利が制限されたり、また、三百万人以上もの人たちが亡くなった戦争に踏み込んでいった戦前は決して美しい国とは言えないと思います。
 戦後、男女平等が実現し、そして、一回も、一発の銃も撃たなかった、言論の自由も保障してきた戦後こそ、私は、安倍総理のおっしゃるところの美しい国ではないかと思います。
 次に、制定過程についてです。
 そろそろ、これはきょうも出ておりますが、押しつけ憲法論議という、敗戦コンプレックスから思考停止している不毛な憲法論議からの脱却が必要だと思います。ニュートラルな憲法論議に各党が足並みをそろえるということが非常に重要だと思っております。
 二〇〇〇年から憲法調査会が立ち上がって十七年、世界各地の憲法改正の調査にも行きました。
 憲法改正には三つの原則があったと思います。
 一つ目は、主権在民。ここを改正してほしいと国民の多数が声を上げているかどうか、そういう点が具体的にあるかどうか、それを受けとめて、この憲法審査会で、なら、どの条項をどう変えましょうかという議論であるということ。
 二つ目は、法律で対応できることは法律で対応していく。
 そして三つ目は、最後に、国論を二分するような論点は憲法改正にはなじまないのではないか。これは、各国の憲法改正を調査した皆さん、共通に認識を持たれたのではないかと思います。これは政治を不安定にすることを避けるからだと思います。
 ですから、丸ごと憲法を書きかえる案を出すとか、世界を見渡しても、世界の政党を見ても、非常にまれ、またはないということではないでしょうか。
 自分たちのイデオロギーや考えでまとめた改憲案を、自分たちの考えを国民に押しつけるということはあってはならないと思います。これは押しつけ憲法ならぬ押しつけ憲法改正だと私は思います。
 私たちの責任というのは、反対のための反対というフレーズをよく聞きますが、きょう中谷さんもおっしゃいました、改正のための改正であってはならぬ、安倍総理は、改憲案を国民に提示するのは私たち国会議員の責任でありますということをおっしゃいましたが、まず、国民がどの点を憲法改正してほしいと、多数の国民が声を上げているのかどうか、その点にしっかり耳を傾けるところからスタートすることこそ、押しつけ憲法改正ではなく国民のための憲法改正になるのではないかということを申し上げたいと思います。
 以上です。

発言情報

speech_id: 119204183X00220161117_021

発言者: 辻元清美

speaker_id: 8731

日付: 2016-11-17

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会