上川陽子の発言 (憲法審査会)
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○上川委員 おはようございます。自由民主党の上川陽子です。
国と地方の在り方(地方自治等)をテーマに、党を代表して発言いたします。
参政権の保障をめぐる諸問題をテーマにした三月十六日の自由討議においては、緊急事態における国会議員の任期延長について憲法審査会のテーマに取り上げて議論を深めていくことや、合区の解消についてさらに議論の必要があること等について、各会派の間で認識がある程度共有されたのではないかと考えます。
同日の私の自由民主党を代表する発言で、参政権の保障をめぐる諸問題は、国と地方の権限分配や地方の権限行使のあり方、特に権限行使の主体となる地方自治体の統治のあり方にも広がりを見せ、ひいては憲法第八章のあり方自体も議論の対象とすべきことに言及いたしましたが、本日はこの点についてさらに議論を深めたいと思います。
まず、日本国憲法において地方自治がどのように位置づけられているかを確認することから始めたいと思います。
憲法上、地方自治がなぜ重要かといえば、民主主義を国のレベルだけではなく地方のレベルでも実現し、それによって、国民の自由と権利を保障することを目的としているからです。これこそが、地方自治が民主主義の学校と言われるゆえんです。地方自治や国と地方のあり方に関する憲法論議を行うに当たっては、常にこの基本に立ち戻って考えなければなりません。
さて、三月十六日の自民党を代表する発言において、私は、国立社会保障・人口問題研究所によるシミュレーションを紹介しつつ、我が国が劇的な人口減少に直面すること、特に地方は、過疎の問題を通り越して、地方消滅と言われるまでの人口減に直面することが予想される旨指摘しました。このことは、前社人研所長である森田朗津田塾大教授が明確に指摘しているところです。
人口の劇的な減少と東京への一極集中は、一票の格差を初めとするさまざまな格差をもたらし、国と地方の権限分配のあり方など、国と地方のあり方にも大きな影響を及ぼしています。ここでは、以下のことを指摘しておきたいと思います。
まず、地方自治の両輪の片方である団体自治においては、人口減少の中、地方自治の足腰を支える基礎自治体の機能を維持するために、昭和、平成の大合併が行われ、市町村は約千七百にまで統合されました。これは行政サービスや住民のセーフティーネットのレベルを維持するための選択でしたが、大合併から漏れた地域もなお存在し、まだまだ不十分であるとの指摘もあるところです。
その一方で、人口減少と東京一極集中により、住民が政治にアクセスしにくくなり、顔の見える民主主義を維持できなくなるという状態に陥りつつあります。この現象が国政レベルにおいて端的にあらわれたのが合区の問題です。身近なことは自分で決めるという地方自治の価値を再確認するとともに、国政レベルにおける顔の見える民主主義の復活のためにも合区の解消を図らなければなりません。
その上で、明治の地方制度以来百二十年を経て、国民の間に完全に定着している広域自治体と基礎自治体については、二層制を維持し、二層の適切な役割分担を踏まえて、団体自治の一層の充実を図っていくことが肝要と考えます。
他方、身近なことは自分で決めるという住民自治の理念を実現するためには、それを実現する場となる地域コミュニティーがしっかりと維持されていることが必要です。
しかし、人口減少と東京一極集中によって、地方においては地域のコミュニティーを維持できなくなってきており、住民自治の基礎が揺らいでいます。
さらに、急激な人口減少、東京一極集中は、自治体間の経済格差やそれに伴う行政サービスの格差をもたらし、その結果、貧困などの個人の格差が次世代に引き継がれて固定化されるという貧困の連鎖の問題を引き起こしかねません。この結果、若者が地方に残ることを選択しなくなり、ますます東京一極集中が加速することとなります。
このような状況のもとで、日本の地方自治を再生していくために、地方創生などのさまざまな政策が実施されています。
次に、国と地方のあり方を考えるに当たってのポイントについて申し述べます。
日本国憲法は、明治憲法と異なり、第八章に地方自治を規定していますが、第八章には四カ条しかなく、条文が簡素で抽象度が高いという特徴が指摘されています。これについては賛否両論の議論がなされています。
肯定的な考え方は、地方自治の具体的な制度設計は法律や政策レベルで行えばよいとするもので、その根底には、日本国憲法のように改正がしにくい憲法の場合、特定の時代の価値観を憲法に規定してしまうと、状況の変化に対応した改正が困難になり、結局、時代に憲法の条文が取り残されてしまうのではないか、だからこそ日本国憲法をあえて条文を簡潔に、抽象度が高くしてあるのだという発想があると考えられます。
一方、憲法第八章の条文が簡素で抽象度が高いために、国会が余りにも自由に立法できてしまい、立憲主義の見地から問題であるとともに、このことが国が地方を過度にコントロールすることにつながっているというように否定的に捉える考え方もあります。
つまり、条文が簡素で抽象度が高いことをどのように考えるのかが、憲法第八章の改正論議における一つのポイントになるように思われます。
もう一つのポイントとして、憲法の規定のあり方や改正を検討するに当たっては、憲法規定だけではなく、附属する法規などを含めた総体としての法体系全体を検討しなければならないという点が挙げられます。
日本国憲法と地方自治法は、いずれも同じ昭和二十二年五月三日に施行されています。このことから、地方自治に関する法体系は、憲法と法律が総体として制度設計されていることがわかります。憲法の条文改正に当たっても、単に当該条文だけを考えればよいのではなく、法体系全体の制度設計という観点から、憲法上でどこまで規定すべきか、法律レベルでどのような制度設計を行うのかを検討しなければなりません。
同時に、憲法改正論議は、その問題が、憲法改正が必須な事項なのか、憲法改正が必須ではないが望ましい事項なのか、法律改正等で対応可能な事項なのかという三つの分類のどこに位置するのか、常に意識していく必要があります。これらのことは、前回、四月二十日の参考人質疑において、齋藤誠参考人などから指摘を受けた点であります。
以上を前提に、憲法第八章に関する論点について、自民党としての考え方を申し述べます。
まず第一に、地方自治の本旨については、その内容を明確にするため、地方自治が住民の意思に基づいて行われるべきという住民自治と、地方自治が国から独立した自治体に委ねられ、自治体みずからの意思と責任のもとで地方自治を担うという団体自治について、憲法上明記することを検討すべきと考えます。
第二に、自主立法権としての条例制定権につきましては、法律の範囲内で条例を制定することができるとの現行の枠組みを維持しつつ、国と地方自治体の適切な役割分担を踏まえた立法がなされるよう、国会による立法のあり方などを改善するアプローチをとることを検討すべきと考えます。
第三に、地方財政については、自主立法権と両輪をなす自主財産権の充実という観点から、自主的な財源や財政調整制度などについて憲法に明記することを検討すべきと考えます。ただ、その際には、絵に描いた餅にならないように、法律レベルにおいて地方の脆弱な財政基盤を考慮した具体的な財政調整制度の設計を検討するなど、憲法に附属する法規を含めた法体系の総体を設計する必要があります。
最後に、改めて、地方自治の両輪である住民自治と団体自治を再生する必要があること、特に、住民自治の土台となる地域コミュニティーの維持、団体自治の足腰となる基礎自治体の機能の維持向上、広域自治体である都道府県について、顔の見える民主主義の維持のための合区解消が必要であることを再度強調し、私の発言を終わります。
以上です。