中川正春の発言 (憲法審査会)
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○中川(正)委員 民進党・無所属クラブの中川正春です。
本題に入る前に、先ほどの会長の所感に続いて、私からも、今般の憲法に関する総理発言や新聞のインタビュー記事などについて発言をしたいと思います。
私は、総理の憲法に関する一連の発言は、安倍晋三氏が、内閣総理大臣として、憲法審査会を中心とする我々国会とそして国民に対して具体的な改正案を提起され、改正の期日の指定までされたというふうに受け取りました。
憲法の改正に関して発議権を有するのは国会であります。したがって、安倍総理の一連の発言は、憲法によって唯一の国民代表機関である我々立法府のみに付与された権限を著しく侵害すると同時に、議事の混乱を引き起こす行為にほかなりません。
問題の根は深いと思います。憲法審査会としては、会長所感や自民党筆頭幹事の発言ということでなくて、私としては、審査会の総意に基づく意思表示が必要だというふうに思っております。
安倍総理に対して、厳重なる抗議と一連の発言の撤回を求めるべく、この審査会での決議を求めます。
また、この際、議長からも、二度とこのような総理の発言が、あるいは逸脱がなきよう注意を促していただくために、会長から議長に対して進言をいただくことをお願い申し上げたいというふうに思います。
それでは、会派を代表して、地方自治に関する意見表明に入らせていただきます。
日本国憲法は、連邦制ではなく中央集権的な色合いの濃い単一国家の形態をとっております。地方自治については、その規定は四条項にまとめられた抽象的で簡素なものであります。さらに、その運用については、明治憲法の面影を残した中で、中央集権的な要素を色濃く残しています。
私は、明治憲法以前の戦国から江戸時代にかけては、日本はかなり分権的な統治の時代であったのではないかと思っております。当時、国と呼ばれたものが藩による統治単位であったということが、何よりの証左であります。日本の地方文化として現代に生きる祭りや儀式、風俗、習慣、食文化などの伝承の中に江戸時代を起源とするものが圧倒的に多いということが、このことを物語っているのではないかというふうに思っております。江戸時代というのは、鎖国という形で外部からの脅威を遮断したことで、ある意味、日本が成熟社会を謳歌した時代であったのかもしれません。
しかし、この連邦国家的な幕藩体制も、明治維新を経て、天皇を中心とした立憲君主制へと移行しました。薩摩や長州を中心にした日本の指導者たちが選んだ国家統治の方向性は、新政府のもとに権力を集中させて、外部からの脅威に対峙し、列強に伍していく体制をつくること、富国強兵を可能にする中央集権制度であったと思うのです。
戦後、新しい憲法になったにもかかわらず、当時の明治憲法の中央集権体制が、現代日本の地方自治の現実の中に色濃く残っているように思います。国による官製知事の任免だとか、地方自治体を国家行政の出先機関として利用する体制などは現代でも生きています。国民はいまだに、全体の六〇%を超える官僚出身知事を選んでおりますし、副知事、総務部長、警察本部長などのかなめになるポストに中央官僚出身者が出向し、機関委任事務が廃止されたといっても、実際の業務は、県の七〇%、市町村の四〇%以上が国によって義務化され、自治体には裁量権がないものだと言われております。
財政の六割を国家が裁量し、地方に対する補助金行政で政策誘導をする傾向は、安倍政権のもとで強化をされています。条例で定める前に、各省庁の政省令や指導基準で運用することを国が法律の中で定めてしまって、地方議会を素通りしてしまうという結果にもなっております。金太郎あめと言われるゆえんであります。
残念なことに、戦後の新しい憲法のもとでも地方主権は実現できなかった。戦後の荒廃の中から国民の精神を再び鼓舞して力強く復興に導く過程で、権力の中央集権体制を維持する必要があったからだとも言われております。
しかし、その後、時代が進展し、アメリカに追いつき追い越せと言っているうちに、日本は戦後復興から奇跡的な経済発展を遂げました。そして今、急速な高齢化社会という人口構造の変化に直面をしております。その結果、日本も、発展途上国型社会構造から、成熟型社会構造を目指していく時代となったのだと思っております。
この社会の変化は、統治構造のあり方にも根本的な改革を求めています。オープンイノベーション、ダイバーシティー、ネットワーク等々、社会の方向性を示す言葉は、多極型で、多様な構成単位からみずから活性化していくことが全体の活力の源泉になるというようなメッセージにあふれております。当然、私たちの政治形態も、中央集権から地方分権に切りかえていくための大きな変革のきっかけをつくる必要に迫られています。
以上の時代背景を踏まえると、私は、地方分権、もっと言えば地域主権の精神が、法律の形式だけでなく、運用精神にしみ渡るまで明示化するということを目指して、憲法第八章、地方自治の加筆、改正を視野に入れた議論をすべきだと思っております。
これから、以下、項目ごとに改革の方向性を述べていきます。
まず第一、地方自治体の政治の形態であります。
地方自治体の政治形態は、みずからの意思で決めることのできる裁量権を明示すべきだと思います。その際、現状の二元代表制だけでなく、議院内閣制、執行委員会制、シティーマネジャー、いわゆる支配人制などの選択肢も可能とすることが必要です。また、道州制に向けた積極的な議論を期待します。特に、国の出先機関の整理や国と地方との協議の場に向けて、さらに有効な制度設計の議論が進められるべきです。
二、財政です。
地方自治体の課税自主権、財政自主権を明示すべきだと思います。
地方交付税は、国民のナショナルミニマムを保障する機能と自治体財政の水平調整をする機能を分離して、それぞれ個別に運用することに向けた議論をすべきだと思います。ナショナルミニマムの保障は国家で、水平調整は地方自治体間の責任において配分基準を決めて実行することが望ましい。
補助金は、農業、土木、教育など事業単位で統括をして、具体的な箇所づけについては地方自治体の裁量に任せることです。さらに、将来に向けては、補助金を必要最小限に抑えて、交付税化ないしは地方財源化を図るべきです。税源の地方自治体への移譲を実現することが何よりも求められています。
三、条例です。
補完性の原理に基づいて住民自治を中心に据えるとともに、国家の機能分野を明示して、それ以外の権限逸脱に制限を加える必要があります。例えば、外交、防衛、社会保障の基本的な仕組み、人権擁護基準、広域的な治安や危機対応など、国家でしかできない部分を明示することの検討が必要です。
さらに、各法律の中身の運用基準について、条例の上乗せ、横出しを大幅に認めることで、自治体の自主性を引き出していくことが求められます。
立法作業において、政省令や指導指針よりも各自治体による条例の方が望ましいと考えられるものについては、条例化すべきことを法律に直接書き込むことが必要だと思います。同時に、自治体組織による法令のスクリーニング委員会を構成して、既存の法令で条例化が可能な内容を取り出して、法律の改正を提起する制度の検討が必要だと思っております。
四番目、司法です。
トータルな司法制度改革の議論とともに、地方裁判所のあり方など、司法分野の分権の議論も進めることを望んでおります。
五番目、住民自治です。
コミュニティーでできないことは基礎自治体で、基礎自治体でできないことを広域自治体で、広域自治体でできないことを国で行うという補完性の原理を明示すべきです。
私たちの目指す地域主権は、住民自治と言われる個人の自立心に根差しています。コミュニティーの範囲を自治会組織のような地縁で結びつく集団に限定してはならないと思うんです。ボランティアやNPO、宗教や民族など、特定の目的を持ってつくられる機能集団にも住民自治への参加を促す仕組みが求められます。コミュニティーの再構築は、地域主権国家を目指して住民自治を進める中で最重要施策の一丁目一番地です。また、在留外国人が二百三十万人を超え、さらに増加していく中で、彼らの住民としての権利を保障する総合的な手だてが必要です。
六番目、直接民主主義です。
憲法改正の賛否を問う国民投票ということだけでなく、間接民主主義を補完するという意味から、一般の政治課題についての国民投票、住民投票の制度を確立して、憲法に明示することを含め、法制化の議論が必要です。それぞれ事前に決められた数の住民ないしは議会の構成メンバーからの要請があれば、国民投票、住民投票の実施をしなければならない旨を明示する。法律の提出、イニシアチブか、法律に対する賛否、レファレンダムかによって判断する場合や、投票の結果に法的拘束力を持たせるかについては、問題になる政治課題の性質の考慮と相まって、事前の制度設計が必要だと考えます。
最後に、危機対応であります。
自然災害あるいは病原性の重大疾病、テロなどによる国内騒乱、武力紛争などの危機対応について、基本原則は私は次のように考えます。
まず一番、国家緊急権を憲法に明示する必要はないと思います。
事象が発生するあらゆる場合を想定して個別に対処基本法をつくり、国と地方自治体、国民の権限と役割分担について事前に定めるべきです。事象の広域性、甚大性、災害の対象や内容に応じて多様な対応を求められるだけに、歴史的な経験則に基づいた多種多様な想定のもとに、各ケースに応じた法律の体系を整備することが望まれます。
二番目、特に自然災害時の危機対応については、事象の発生を起点に幾つかのフェーズが考えられます。それに応じた国と地方の望ましい関係を整理しておく必要があります。
第一に、事前の防災、予防措置、次に、発災時の救命活動を中心とした緊急対処措置、その後の避難民に対する緊急支援措置、さらに、こうした混乱期を脱した時点で、復興、再建に向けた集中重点施策が始動します。この中で、特に発災時の救命活動を中心とした緊急対処とその後の避難民に対する緊急支援体制の構築で指摘されてきた問題は、具体的な対応の指揮権をでき得る限り現場に近い市町村や知事に集中させることが大切だということです。大規模災害にあっても市町村長や知事の指揮権の裁量をでき得る限り広く認め、その上で、国は現場のニーズに応じた広域調整や財政的な支援をサポートしていく体制を構築すべきだということだと思っております。
済みません、時間がちょっと超過しましたが、以上であります。